ホルケウ~暗く甘い秘密~



(玲が女の子に乱暴するなんて……なにかの間違いとか、事故だ。多分そうだ)


帰り道、りこは強くそう思った。

だがしかし、右手を負傷してもなお、必死で愛子という少女を想って声を振り絞ったあの不良が、玲を貶めるために嘘をついているとも思えない。

結果的にりこは、自分の記憶に蓋をすることにした。
どうせ真相はわからないのだ。

あれこれ考えたって仕方がない。

自宅に着くまで玲とは会わなかったが、りこは気にせず、帰宅するなり食事の支度を始めた。

まだまだ残暑が厳しいからか、どうしても献立がさっぱりしたものになってしまう。

しかしそれでは、育ち盛りの玲の胃袋が満足しないだろう。

昼寝から起きて、ボーッとゴルフの中継を見ていた政宗に、りこはキッチンから顔を覗かせて尋ねた。


「じいちゃん、晩ごはんは和食と中華、どっちがいい?」

「和食。今日は和食の気分だ」


いつもどうり、迷うことなく即決した政宗の指示に従い、調理を始める。

大根の皮を剥く傍らで、りこは明日の図書連盟の会合に思いを馳せた。

手は休めずに、明日の推薦図書はどれにしようか、頭の中でいくつか候補を考える。

そしてなにを推薦するか決めた時には、出来上がった料理を皿によそっていた。

玲の分にラップをかけ、りこは政宗に簡単に事情を説明し、サンダルをつっかけて外に出た。

呉原家のインターホンを鳴らすと、少しして扉が開いた。


「ご飯持ってきたわよ」


お盆をつき出すと、玲はどこか遠い目で礼を言った。
しかし、受け取ろうとはせず、そのままりこを家の中に誘った。

りこのほうも、様子がおかしい玲が気がかりで、何の警戒もせずに、家に上がった。


「ありがとう。食卓の上において……。後で食べる」


リビングのソファーに沈みこみながら、玲は長い睫毛を伏せた。
そうすると、その物憂げな表情は中学生とは思えない色香を振り撒くのだが、本人はまったく自覚していなかった。

不謹慎にも、また暴れだした鼓動を無視して、りこは玲の隣に座った。

ソファーが、その重みに軋む。


「りこさんはさ」


切り出した玲の声は、震えていた。


「俺が女の子をレイプするようなやつだって、思う?」


呼吸が止まる。まさか、という顔でりこは、玲を凝視した。

そのまさかは、当たってしまった。


「見てたよね、さっき」

< 51 / 191 >

この作品をシェア

pagetop