砂の国のオアシス

そのとき不意に、カイルが笑うのをやめた。
と思ったら、私の頬に大きな手を置いて、屈んで顔を近づけてきた。

手を置かれていなくても私はその場を動かず、ただ両目を閉じて、彼のキスを待っていた。

カイルの唇が軽く私の唇に触れた途端、おなかの奥がズキズキと疼き始めた。
体が・・・吐息までビクビク震える。
でも私は自分から、カイルのほうへ歩み寄らなかった。
両手を交差することで、自分をその場に押さえつけていた。

でもカイルが私の手に触れた瞬間、それはあっけなく崩れ落ちて。
カイルの手に導かれるように、私は両手をカイルの背につけていた。

「そう意地を張るな・・・」
「んん・・・」
「そうだ・・・もっと俺が欲しいと・・・せがめ」

キスする合間にそう言ったカイルは、唇を啄んだり、時には舌で舐めたり、首筋に吸いついたり、大きな手で私の腕や背中を撫でたりすることで、私が欲しいという気持ちを隠そうともしなかった。



カイルに会えるのは、多くても週に2日くらい。
夜来ても、他愛のない話をして、カイルは自室へ戻る。

でもそれ以来、私たちはキスをするようになった。






花や緑がたくさんある庭は、パッと見どこも同じような景色なんだけど、何時間かけて歩いても飽きないのは、適度に手入れをされた自然に、身近に触れてるせいかな。

それにしても王宮(ここ)の庭は広大だ。
王宮自体も広くて、ここだけで一つの小さな町ができてる気がする。

石造りの王宮の建物は、歴史を感じる古さと重厚さがあるけど、手入れが行き届いている。
庭も同じで、歩いていると、どこかで誰かが建物や庭の掃除をしていたり、窓ふきをしていたり、丁寧に木の枝を切っていたり、といった場面をよく見かける。

そういう人たちや、私が着ているイシュタールの民族衣装より、多少華やかな装いをしている人たちに出くわしてしまったときは、相手に見つかる前に、そそくさと別方向へ逃げる。

それが間に合わなかった場合(が大半なんだけど)は、素知らぬふりをしつつ、別方向へ歩くか、それも叶わない場合は、相手と目を合わせないようにしながら会釈をして、サッサと去る。

王宮内の庭だけでも、外出できるようになったことはありがたい。
でもイコール、その日から私の存在が王宮にいる人たちにも知られることになるわけで。

カイルが外出許可をすぐ出さなかった理由が、これで何となく分かってしまった。



「ほら。あの女よ」
「あぁ、異世界から来たとかいう不法侵入者」
「あのショートヘア。何て野蛮な・・・」
「というより、単に頭がおかしいふりをしてるだけじゃないの?リ・コスイレは、こんなおかしな女を野放しにしておくわけにはいかないから、仕方なく王宮に置いてるだけなのよ」
「子どもだということを利用して、リ・コスイレの御慈悲を受けていられるのも今のうちよ。そのうちボロが出るはずだわ。あらやだ、こっちに近づいてくる。行きましょ」
「妙な異次元菌でも移されたら大変。私まで頭がおかしくなっちゃうかもしれない」
「やぁだ・・・」

一部の人、特に若い女の人は、私の存在を疎ましく思っている。
たぶんカイルのファン、又はカイルの彼女だからだろう。

結構年取った人たちの一部は、私の存在を危険視してる。
内、男の人たちは、私がイシュタール王国を脅かすテロリストだと思っている意味で、女の人たちは、私が異世界から来たエイリアンだからという意味で、恐れているみたい。

もちろん、ここにいる全員が、私のことを受け入れていないわけじゃない。
ヒルダさんは最初から私のことをごく普通の人間として接してくれてるし、ジェイドさんだって・・・たぶん、受け入れてくれているはず。
美人な見かけによらず、時々ものすごく口が悪くなるのは、私に対してだけじゃないと、今では分かってるし。

それに、ジェイドさんの言い方には、さっきの集団みたいな悪意がないし。
わざと私に聞こえるように、あんなこと言うなんて・・・どっちが子どもなのよ。

空を仰ぎ見た私は、フゥとため息をついた。

あの集団の中を通らずに済んだことは、非常にありがたい。
初めてきらびやかな集団とすれ違ったとき、どれだけ私が無防備で、裏事情を知らなかったか、思い知らされた。

私はまた歩き出した。

カイルにはまだ一度も言ってない。
言ったところで、「斬る」とか言われても・・・困るのは私だ!
それに、カイルはそういうことを言う人が必ずいると分かっていたはずだから、今でも私のことを、できる範囲で守ってくれてる。

カイルのおかげで、今のところは、そういうことを言われるだけで済んでいるのかもしれない。





「お水の時間ですよー。いっぱい飲んでね」と私は言うと、ジョウロに入れた水を、花壇の土にまんべんなくかけた。

「どんなお花が咲くのかなぁ。それともあなたたちは食べれる果物?お花だって食用があるもんね。あ。でも食べたりしないからねっ!」


知らない異世界に来た私を、それこそ「消して」しまっても、誰にも迷惑がかからない。
というか、私がここにいること自体が、多分迷惑だと思うのに、カイルは私を王宮に置いてくれている。

私がずーっと部屋で過ごしていても、なるべく私が退屈しないよう、あれこれ配慮をしてくれているのも分かってた。

そしてカイルは、見ず知らずの、異世界から来た私に、新たな「役目」を与えてくれた。

私自身が何かを育てること、そこに手間と愛情を与えることで、これ以上退屈しないために。

生きていると実感させるために。

「“ありがとう”って言ったほうがいいのかな。でもあの人のことだから、“何のことだ”ってすっとぼける可能性が高い・・ていうかもう、声とか言い方までリアルに想像できちゃった・・・」
「やあ」

花壇に向かって独り言をつぶやいていた私は、誰かが近づいていたことにも気づいていなかった。

いきなり後ろから肩をトンと叩かれた私は、「ぎゃああ!」と叫んでふり向いた。
自分を守るように胸あたりに手を置いた私の前に、男の人が立っていた。

う、わ・・・この人もまたすっごーいイケメンだぁ!

「あぁごめんね!驚かせちゃったみたいで」
「・・・ぇ。いえ」

この人、誰かに似てる。
それに屈託のない笑顔を見せてはいるけど、警戒心を緩めるわけにはいかない。

現に、「君が異世界から来たっていう、カイルの“お気に入り”なんだ」とニコニコしながら言われると、私は条件反射的に、正面にいるイケメンさんを睨み見た。

高貴な顔立ち。
身なりもよろしい。
それにこの人、「カイル」と言った。

ということは、少なくともジェイドさんみたいに、身分の高い人だと推測できる。

「あ、ごめんね!自己紹介がまだだった。僕はテオドール。テオドール・マローク」
「マロークって・・・」
「カイルは僕の兄だよ」

あぁ、それでか。
このイケメンさん、誰かに似てると思ったら・・・カイルに似てるんだ。

「あ・・・どうも。ナギサ・カタオカです」
「知ってる。ナギサは今、時の人だからね」
「は。そぅ、ですか・・・」

ちょっと引き気味の私に気づいてないのか、空気読めてないのか、わざとなのか。
イケメン弟は、相変わらずニコニコ笑顔で「僕のことはテオと呼んで」と言うと、手を差し出してきた。

「・・・エイリアンの私に触ってもいいんですか」
「アハハ!エイリアンかー。ナギサって面白いね。僕は構わないけど、ナギサから見たらエイリアンの僕には触りたくない?」
「あ・・・・・・そんなこと、ない」
「じゃあ僕と握手しよ」

うなずいて手を出すと、テオはしっかりと私の手を握ってくれた。
そして「これで僕たちは友だちだ」と言った。



「ナギサって、いつも花壇に向かってしゃべってるのか?」
「えっと、時々・・・。土の中で成長しつつある植物たちに話しかけると、それに応えてくれるって聞いたことあるし」
「そうだね。植物も生物だから」

屈託のないテオの笑顔を見ているとホッとする。
カイルの笑顔を見てもホッとするけど、同じ「ホッ」じゃなくて、なんか・・・それ以上にドキドキしちゃうのよね。

カイルは力強さが全面に溢れ出ているゼウスタイプなのに対して、テオはアポロンの美少年版といった感じ。
背が高くて細身の体型は、線が細くてナヨナヨしてるってわけじゃない。
細身でも適度な筋肉がついていると、何となく分かる。
その方が似合うというか、王家の人だから、それなりに体鍛えてると思うし。

それでも細見な体つきのせいか、肉体労働よりも、室内で研究をコツコツしている学者肌っぽい感じが漂ってる。
知的で頭脳派で、メガネ・・楕円でそんなにレンズ面積がない銀縁の・・が似合う。

顔立ちは、兄弟そっくり、とまではいかないけど、「兄弟です」って言われると、納得できるくらい似ている。

カイルもだけど、テオも下唇のほうが厚いんだ。
でもなぜか、カイルのほうが、そこからよりセクシーオーラを出していると思うのはなんでだろう・・・。

「ナギサ、僕に見惚れてるよ」
「えっ!いややや、ちがっ!ご、ごめんなさいっ!私って、美しい人とか物を見ると、ついじーっと見てしまう癖があって」
「いいよ。慣れてるから」
「あ・・・はは、は」

この人、意外とナルシスト?
ていうより、現実を受け入れてるだけなのかもしれない。
王家の、しかも国王の弟で、ここまで容姿端麗だったら、みんな見惚れるよね。

「ねえナギサ」
「はい」
「ナギサがいた国、どこだっけ」
「日本」
「あぁそうそう。日本ってどんなところ?僕たちみたいに英語が公用語?」
「えーっと、公用語は日本語で・・・」

と言いながら、テオの誘導っぽい質問に私は答える形でおしゃべりをしていた。


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