孤高の貴公子・最高責任者の裏切り
4月
4/1 知らされていなかった昇格
(4/1)
♦
「山瀬は修理センターのセンター長代理。悪いが今、センター長が入院中でな、マニュアル見ながらやってくれるか? 他の平で使えそうなのが今日はいない」
喫煙室らしいサブマネージャールームで、タバコを黙々と吸うそのデスクの上の灰皿はおそらく誰も掃除してはいない。
自らが作ったであろうシフト表を見ながら、回転チェアをギッと傾けた棟方(むなかた)サブマネージャーは更に続けた。
「退院はまだ10日くらい後の予定だ。その間ふんばって欲しい」
「はっ、はい」
今までただの平だった山瀬は、昇格していたことを今初めて知りながらも、その若く凛々しい目を見てしっかりと答えた。棟方は今年28の山瀬より少し年上な気がした。三浦が27なのを考えると、間違いなく年下ではない。
「以下はフロア。フロアはフロアリーダーに指示を仰いでくれ。以上」
えっ!?
そんな馬鹿な、フロアって……。三浦は元々フロアだが、和久井は前サブマネージャーのベテラン正社員なのに……。まさかの、降格だ。
「山瀬、今日の昼には本社への通常便が出るからそれに入れる修理関係の書類をまとめておけ」
「あっ、はいっ」
って、いきなり言われても大体の事しか分からない。
そこからマニュアルを見るってこと!?
「えーと、えーと、えーと………」
「じゃ、お先」
三浦と和久井は言われるがままにサブマネージャールームから出てフロアに降りてしまう。
「えーと………、とりあえず、修理センター見てきます」
何か書類を確認している棟方はこちらなど全く気にしていない様子で、山瀬はただ、店内見取り図を確認しながら修理センターへ向かった。
5階建てからなる店舗の上3階をフロアと呼び、衣料品、家電、雑貨が並ぶ。その中のどこかに三浦と和久井が配属された形になったが、元々何でもできる2人なので、案内係りなのか、カウンター内の作業なのか、商品補充なのかもさっぱり見当がつかなかった。
ちなみに1階は食品、2階が日用品である。その1階の入口付近に修理センターの受付場が設置されている。裏口から倉庫へは階段で直通しているが、倉庫が非常に広いため、荷物を出しに行くのも大変そうだ。
時刻は10時を過ぎ、既に開店しているので客は大勢入っている。修理センターのカウンター席には椅子が10客ほど並んでいたが、5人も腰かけていた。
そもそも、修理センターは何人のどのようなシフトで回しているのだろう。中に入り、先にそれを確認することにする。
「おはようございます。今日からお世話になる。山瀬です」
ほぼ冴えない男性の集団だということが分かる。黒の制服であるジャンパーに身を包んだ暗い男達は一度顔を上げて「ういーっす」とそれなりに返事をすると、すぐに作業に戻った。
その隅で「おはようございます」と、可愛らしい茶髪の女の子がちょこんとパソコンの前に腰かけているのが分かる。
「あっ、おはようございます!!」
若い女の子がいるじゃないの!と喜んで大きな棚たちを回り込んで全身を見ると、まず、白の大きなフリルのブラウス、そして胸元の大きなピンクのリボンが目に入った。頭の2つのお団子にもフリルのリボンと鈴がついており、一瞬で規定の制服を着られない甘ロリ好きだと分かる。
「これ、お気に入りなんです」
にかっと笑っているだけなら可愛らしいのに、その白く細い指に見えるどくろの指輪は一体何がどう良いのか山瀬には分からなかった。
「ああ……」
しかも、当然ながらこの恰好ではフロアには立てない。修理センター用の黒いエプロンでも着ていれば、なんとか……ならないわけでもなさそうだが。
本人はそういうつもりはなさそうだ。
「あの、シフトを確認したいんです」
「シフト? 」
真ん丸の目だが、少し威圧をかけてくるような口調だったので、
「あっ。棟方サブマネージャーに、修理センター長代理として選ばれました。なので、シフトをとりあえず確認したいのですが」
「ああ……そゆこと」
山瀬の勘違いだったのか、彼女はすぐに壁を指差し、
「今日一日のはあそこに毎日張り出しています。一か月のはその隣です」
「あ、ありがとうございます……。あの、私は山瀬 美月と言いますが……」
「私(わたくし)の事はフランソワとおよびください」
って……。
「あ、ああ……」
顔は確かに可愛いんだけど、どうしてこんな。
まあ、仕方ないと、フランソワを置いて、シフト表を見に行く。
「…………」
午前10時から午後11時の開店時間に合わせて、ほぼ均一に人が配置されるようになっている。現在平日の午前10時30分の混み具合から見ると、朝は妥当と思えるシフトだが閉店までこの混み具合が本当に続くのかどうかは謎だ。
「あの……ふ、フランソワさん」
「はい、女王様」
そ、そうなの!?
「一通りのことを聞きたいのですけど……特に本社行きの通常便の話とか……」
「通常便用の書類は権限者しか触れないので私(わたくし)には分かりません」
「そっか……マニュアル見なきゃってことですね……」
「マニュアルは全てこのパソコンの中です」
「この!? ……えっ、 パソコンって一台しかないの!?」
辺りを見渡したが、たくさんの修理品を乱雑に並べすぎている巨大な棚、作業をするには小さすぎて物置きになっている台、山積みのデスク、それしかない。
「はい、このデータ入力用のパソコン一台です。作業などでパソコンを使う事はほぼありませんから。受付にもパソコンはありますが、こちらで入力したデータを見ることと、インターネットのグーグルを検索できるだけです」
「マ、マニュアルをとりあえず全て出して欲しいんですけど……」
フランソワは掛け時計を見た後、自分のどくろの腕時計を見直して、
「30分くらいはかかります」
「そうですよね。全部だと。とりあえず通常便のを先に出して、その後修理の受付手順から保証の基準、完了受け渡しの分まで全部出してください、お願いします」
「分かりましたわ、女王様」
フランソワが不気味に笑ったせいで、掛け時計の針が止まっていることを言いそびれた。
まず、そこからではないのか。
山瀬はマニュアルが出るまでの間に掛け時計の時計の電池を入れ替えるための電池を探し、その後時刻を合わせた。
「女王様、できましたわ。その後の言いつけも全てこなしておきます」
「あ、ありがとうございます。あとどこかにファイルがあればいいんですけど」
「ファイルなど新しい備品は全て備品室で保管されています。備品担当に聞かないと出してはもらえませんわ。それも、権限者の方でないとできません」
ファイル一冊に面倒だなと感じながらも
「はい、分かりました。通常便の後ファイルを取って来ます」
そんなことをしていたら、日がくれてしまうと感じながら、何とか通常便の荷物をまとめて倉庫に持って行く。
倉庫もロジスティックセンターや配送センターと一緒になっており、集積場所まで行くのに手間取った。
倉庫から戻ると11時半になっており、修理で受付した炊飯器を始め、庭用のハサミや洋服などの小物が30個近くプラスチックのカゴに入れられ、別室で一時保管されていた。その中の1つの複写式伝票を見た。客の連絡先と症状がとりあえず書かれている、それだけだ。
「あの、すみません、あの……山瀬と言います。今日からここの代理になりました。お願いします」
山瀬は黒縁メガネの男性に話かけると、相手は小さな声で「ああ」とだけ言った。修理センターの者には名札がない。従って、
「あの、名前をお伺いしてもいいですか?」
「山本(やまもと)です」
もしかしたら、ありきたりすぎて名前を忘れてしまうかもしれないと、心配になる。
「あの、伝票には品名とか型番とか書いてないみたいですけど。やっぱり忙しくて書く暇ないですか?」
その問いを境に男性は突然攻撃的な口調になる。
「見ての通りですよ。客数の割に対応者が少ない。受付できる人が限られてるんでね」
「えっと……。ええと……今日の受付担当は3人ですよね。常時3人」
「でも、1人は出張受付専門なんです」
「そんなに出張も多いんですか? 」
「電話が多いですから。基本電話ですね。テレビにエアコン、健康器具、掛け時計やシャンデリア」
「ああ、なるほど。その電話の方は持ち込み修理の事も分かるんですか?」
「いえ、その話になるとこっちにふられます。でも、こっちも手があいてなかったら折り返しになるし」
「ああ……。持ち込みで預かった物は全てそれぞれのメーカーに出してるんですよね?」
「そうです。主要メーカーは40ほどですが、取扱いメーカーは100を超えます。それを一々そのメーカーごとの規定にそって荷造りをするんですが、それはもう閉店後の話ですよ。昨日、一昨日受付た分でまだ出してないやつもあります」
「そしたら、修理自体の時間は2~3週間?」
「いや、そんなにはかからないですよ。メーカーには直行便で早かったら翌日完了します。ただ梱包に時間がかかる。直行便なんだから、専用オリコンでもあればいいのに。全部段ボール詰めで送り状が貼ってないと取ってくれません」
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「山瀬は修理センターのセンター長代理。悪いが今、センター長が入院中でな、マニュアル見ながらやってくれるか? 他の平で使えそうなのが今日はいない」
喫煙室らしいサブマネージャールームで、タバコを黙々と吸うそのデスクの上の灰皿はおそらく誰も掃除してはいない。
自らが作ったであろうシフト表を見ながら、回転チェアをギッと傾けた棟方(むなかた)サブマネージャーは更に続けた。
「退院はまだ10日くらい後の予定だ。その間ふんばって欲しい」
「はっ、はい」
今までただの平だった山瀬は、昇格していたことを今初めて知りながらも、その若く凛々しい目を見てしっかりと答えた。棟方は今年28の山瀬より少し年上な気がした。三浦が27なのを考えると、間違いなく年下ではない。
「以下はフロア。フロアはフロアリーダーに指示を仰いでくれ。以上」
えっ!?
そんな馬鹿な、フロアって……。三浦は元々フロアだが、和久井は前サブマネージャーのベテラン正社員なのに……。まさかの、降格だ。
「山瀬、今日の昼には本社への通常便が出るからそれに入れる修理関係の書類をまとめておけ」
「あっ、はいっ」
って、いきなり言われても大体の事しか分からない。
そこからマニュアルを見るってこと!?
「えーと、えーと、えーと………」
「じゃ、お先」
三浦と和久井は言われるがままにサブマネージャールームから出てフロアに降りてしまう。
「えーと………、とりあえず、修理センター見てきます」
何か書類を確認している棟方はこちらなど全く気にしていない様子で、山瀬はただ、店内見取り図を確認しながら修理センターへ向かった。
5階建てからなる店舗の上3階をフロアと呼び、衣料品、家電、雑貨が並ぶ。その中のどこかに三浦と和久井が配属された形になったが、元々何でもできる2人なので、案内係りなのか、カウンター内の作業なのか、商品補充なのかもさっぱり見当がつかなかった。
ちなみに1階は食品、2階が日用品である。その1階の入口付近に修理センターの受付場が設置されている。裏口から倉庫へは階段で直通しているが、倉庫が非常に広いため、荷物を出しに行くのも大変そうだ。
時刻は10時を過ぎ、既に開店しているので客は大勢入っている。修理センターのカウンター席には椅子が10客ほど並んでいたが、5人も腰かけていた。
そもそも、修理センターは何人のどのようなシフトで回しているのだろう。中に入り、先にそれを確認することにする。
「おはようございます。今日からお世話になる。山瀬です」
ほぼ冴えない男性の集団だということが分かる。黒の制服であるジャンパーに身を包んだ暗い男達は一度顔を上げて「ういーっす」とそれなりに返事をすると、すぐに作業に戻った。
その隅で「おはようございます」と、可愛らしい茶髪の女の子がちょこんとパソコンの前に腰かけているのが分かる。
「あっ、おはようございます!!」
若い女の子がいるじゃないの!と喜んで大きな棚たちを回り込んで全身を見ると、まず、白の大きなフリルのブラウス、そして胸元の大きなピンクのリボンが目に入った。頭の2つのお団子にもフリルのリボンと鈴がついており、一瞬で規定の制服を着られない甘ロリ好きだと分かる。
「これ、お気に入りなんです」
にかっと笑っているだけなら可愛らしいのに、その白く細い指に見えるどくろの指輪は一体何がどう良いのか山瀬には分からなかった。
「ああ……」
しかも、当然ながらこの恰好ではフロアには立てない。修理センター用の黒いエプロンでも着ていれば、なんとか……ならないわけでもなさそうだが。
本人はそういうつもりはなさそうだ。
「あの、シフトを確認したいんです」
「シフト? 」
真ん丸の目だが、少し威圧をかけてくるような口調だったので、
「あっ。棟方サブマネージャーに、修理センター長代理として選ばれました。なので、シフトをとりあえず確認したいのですが」
「ああ……そゆこと」
山瀬の勘違いだったのか、彼女はすぐに壁を指差し、
「今日一日のはあそこに毎日張り出しています。一か月のはその隣です」
「あ、ありがとうございます……。あの、私は山瀬 美月と言いますが……」
「私(わたくし)の事はフランソワとおよびください」
って……。
「あ、ああ……」
顔は確かに可愛いんだけど、どうしてこんな。
まあ、仕方ないと、フランソワを置いて、シフト表を見に行く。
「…………」
午前10時から午後11時の開店時間に合わせて、ほぼ均一に人が配置されるようになっている。現在平日の午前10時30分の混み具合から見ると、朝は妥当と思えるシフトだが閉店までこの混み具合が本当に続くのかどうかは謎だ。
「あの……ふ、フランソワさん」
「はい、女王様」
そ、そうなの!?
「一通りのことを聞きたいのですけど……特に本社行きの通常便の話とか……」
「通常便用の書類は権限者しか触れないので私(わたくし)には分かりません」
「そっか……マニュアル見なきゃってことですね……」
「マニュアルは全てこのパソコンの中です」
「この!? ……えっ、 パソコンって一台しかないの!?」
辺りを見渡したが、たくさんの修理品を乱雑に並べすぎている巨大な棚、作業をするには小さすぎて物置きになっている台、山積みのデスク、それしかない。
「はい、このデータ入力用のパソコン一台です。作業などでパソコンを使う事はほぼありませんから。受付にもパソコンはありますが、こちらで入力したデータを見ることと、インターネットのグーグルを検索できるだけです」
「マ、マニュアルをとりあえず全て出して欲しいんですけど……」
フランソワは掛け時計を見た後、自分のどくろの腕時計を見直して、
「30分くらいはかかります」
「そうですよね。全部だと。とりあえず通常便のを先に出して、その後修理の受付手順から保証の基準、完了受け渡しの分まで全部出してください、お願いします」
「分かりましたわ、女王様」
フランソワが不気味に笑ったせいで、掛け時計の針が止まっていることを言いそびれた。
まず、そこからではないのか。
山瀬はマニュアルが出るまでの間に掛け時計の時計の電池を入れ替えるための電池を探し、その後時刻を合わせた。
「女王様、できましたわ。その後の言いつけも全てこなしておきます」
「あ、ありがとうございます。あとどこかにファイルがあればいいんですけど」
「ファイルなど新しい備品は全て備品室で保管されています。備品担当に聞かないと出してはもらえませんわ。それも、権限者の方でないとできません」
ファイル一冊に面倒だなと感じながらも
「はい、分かりました。通常便の後ファイルを取って来ます」
そんなことをしていたら、日がくれてしまうと感じながら、何とか通常便の荷物をまとめて倉庫に持って行く。
倉庫もロジスティックセンターや配送センターと一緒になっており、集積場所まで行くのに手間取った。
倉庫から戻ると11時半になっており、修理で受付した炊飯器を始め、庭用のハサミや洋服などの小物が30個近くプラスチックのカゴに入れられ、別室で一時保管されていた。その中の1つの複写式伝票を見た。客の連絡先と症状がとりあえず書かれている、それだけだ。
「あの、すみません、あの……山瀬と言います。今日からここの代理になりました。お願いします」
山瀬は黒縁メガネの男性に話かけると、相手は小さな声で「ああ」とだけ言った。修理センターの者には名札がない。従って、
「あの、名前をお伺いしてもいいですか?」
「山本(やまもと)です」
もしかしたら、ありきたりすぎて名前を忘れてしまうかもしれないと、心配になる。
「あの、伝票には品名とか型番とか書いてないみたいですけど。やっぱり忙しくて書く暇ないですか?」
その問いを境に男性は突然攻撃的な口調になる。
「見ての通りですよ。客数の割に対応者が少ない。受付できる人が限られてるんでね」
「えっと……。ええと……今日の受付担当は3人ですよね。常時3人」
「でも、1人は出張受付専門なんです」
「そんなに出張も多いんですか? 」
「電話が多いですから。基本電話ですね。テレビにエアコン、健康器具、掛け時計やシャンデリア」
「ああ、なるほど。その電話の方は持ち込み修理の事も分かるんですか?」
「いえ、その話になるとこっちにふられます。でも、こっちも手があいてなかったら折り返しになるし」
「ああ……。持ち込みで預かった物は全てそれぞれのメーカーに出してるんですよね?」
「そうです。主要メーカーは40ほどですが、取扱いメーカーは100を超えます。それを一々そのメーカーごとの規定にそって荷造りをするんですが、それはもう閉店後の話ですよ。昨日、一昨日受付た分でまだ出してないやつもあります」
「そしたら、修理自体の時間は2~3週間?」
「いや、そんなにはかからないですよ。メーカーには直行便で早かったら翌日完了します。ただ梱包に時間がかかる。直行便なんだから、専用オリコンでもあればいいのに。全部段ボール詰めで送り状が貼ってないと取ってくれません」