倦怠期です!

「ただいまー」
「おかえり」
「あ。やっぱりいたんだ」

リビングのドアを開けた日香里は、ソファに座っている私を見て、開口一番そう言った。

・・・そうだった。
日香里は夫から旅行のことを聞いてたんだよね。

「私がバイト行くときから、お父さん、ゲホゴホ言ってたからさー。たぶん旅行キャンセルになるんじゃないかなーと思って。そのくせ“お母さんにはまだ言うなっ”とか必死こいて言ってたけど」
「あぁ・・・そぅ」
「だからこれ」と日香里は言うと、バイト先のコンビニ袋を少し上に掲げて私に見せた。

「ケーキもらってきた」
「あら。ありがと」
「今から食べよ!遼太郎はいないんでしょ?」
「いないよ。夕方まで出かけてる」
「よしよし。だと思ってね、プレミアムいちごショートケーキを2つゲットしてきたんだぁ。お父さんは寝てるんだよね?」
「うん」
「じゃあ私、コーヒー淹れるねー」と日香里は言いながら、すでにリビングから続きになってるキッチンへと歩いていた。

何気に落ち込んでいる母を励ましてくれる娘の気持ちが、とても嬉しい。
私は娘の背中に向かって、「ありがとう」と言った。


「わ!これ、いちごいっぱい入ってるね」
「でっしょー?それに生クリームもたくさんついてるから“プレミアム”なんだって」

その辺の意味はよく分からなかったけど、私は「ふーん」と言っておいた。

「・・・うん、おいしい!」
「だよねぇ。お父さん寝ててよかったぁ。でもお父さんが起きてても、プレミアムケーキはあげなかったけど」
「ぶっ」とふき出した私に、「これは女子用ケーキなの」とすまして答える日香里の顔は、夫より私に似ている。

夫にも似てるんだけど、遼太郎のほうがもっと夫に似ている。
そこはやっぱり男女の違いなのだろうか。

「旅行行けなくて残念だったね」
「うん・・・まあね。でも旅館の人、無料宿泊券贈ってくれるって」
「じゃあ別の日に行けるね。よかったじゃん。あれ?お母さん、行きたくなかったの?」
「うん、いや、そうじゃなくて・・・。あのさ・・・・・・・」
「なに?待ってんだけど!なんで言う前にやめるのよ。気になるじゃん!」
「ごめんっ。でも・・・・・・浮気、してるみたい、なのよね」
「・・・誰が」
「お父さんに決まってるでしょ!他に誰がいるのよ!」
「えぇっ?!お父さんがぁ?まっさかぁ。それはないよー」と日香里は言うと、ケタケタと笑った。

まるで私がすっごく面白い冗談を言ったかのように。
私としては、すっごく真面目に悩んでいることなんですが・・・。

でも、さっきの夫の弱気な「看取り」発言から、夫は本当に浮気をしてるのか、又は過去浮気をしたことがあるのか、分からなくなった私は、つい日香里に言ってしまったけど・・・しまった!

誰にも言うべきことじゃないのに、よりによって娘に、「自分の父親が浮気してるみたい」と言うなんて!
これは明らかにルール違反でしょ!

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