理想の都世知歩さんは、

触れたい 前編





――――――――




「さんっ、にぃ、いち……」


「明けましておめでとう!」

「あけましておめでとーう!」


小さなテレビの前に兄妹揃って正座をして、除夜の鐘の音を聴く。


年が明けて、大きな声でご挨拶。

また一年が始まる。


「兄ちゃん、知ってた?」

「何?」

「私去年の今頃は高校生だったんだよ」

「はは」

「ははって何!?」

「ははは」

「だから何!」

左に正座する兄ちゃんの肘を小突く。彼はびくともしなかった。



「あのね、兄ちゃん」


「衵、願い事した?」

「う、ん。するよ」


私は小さく息を吸い込んで、大きく吐き出して「あのね」ともう一度口にした。

勢いをつけて振り返って向き合った兄ちゃんは、やけに落ち着いていて、まるでこれを待っていたかのようだった。都合よく解釈しているだけかもしれないけど。


「わたし、都世地歩さんが好きだ!!」


「え?うん。知ってるけど」

「だからね」


これは、自分で言わなきゃだめだと膝の上で作った拳を握る。



「都世地歩さんのところ、行ってもいい…かな」



真っ直ぐ見た先の兄ちゃんは、やっぱり。

それを、その言葉を待っていたとでも言うかのように小さく笑った。


それから立ち上がり際に私の短い髪を撫でて、言った。



「宵一だよな、“大切な人”に泣き顔見せないの。――大丈夫、ばーちゃんのことは気にすんな」




“娘”のように思っている。

“妹”のように思っている。


私は、彼の“大切な人”に入っていない。


だから、“大切な人”に見せられないことを、受け止められる。



それでいい。



「利用してやれ」って、心が急いている。




「…ありがとう、兄ちゃん」



「ん」






「ところで、いつの間に『宵一』って呼ぶようになった」

「……。格好付けたの台無しなんだけど」







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