僕と、君と、鉄屑と。

(3)

 僕の、ハードル設定も、もう限界となり、夏が終わる頃、僕の恋人は、契約を成立させた。直輝はグレーのタキシードを着て、麗子は真っ白なウエディングドレスを着て、二人は、契約した。二人の新居に、都心のマンションを購入したが、そこには、麗子が一人でいた。直輝はずっと、僕の部屋で、過ごしていた。何も変わらない。直輝は、何も変わらず、僕を愛してくれて、僕も直輝を愛していた。
 でも、僕は……直輝の代わりに、麗子の部屋へ、通っていた。なぜなら、彼女は、ずっと、待っているから。

「こんばんは」
「……今日も、あんたなんだ」
「社長は、お忙しいんです」
ダイニングテーブルには、夕食が並んでいる。僕と麗子は、黙って向かい合って、夕食をとる。とりたてて、美味いわけでも、不味いわけでもない。その夕食は、麗子の手作りの、夕食。
「他に、いるんでしょ?」
「何がですか」
「直輝さん。女がいるんでしょ?」
女、はいない。
「いませんよ」
「ウソ」
「ウソではありません。社長は……」
「もういいよ!」
麗子はテーブルを叩いて立ち上がり、寝室へ駆け込んだ。ふむ。これは……
「麗子さん」
閉じたドアの向こうからは、返事はなかった。
「入りますよ」
麗子は、クイーンサイズの大きなベッドに、横たわって、うつ伏せで、泣いていた。
「バカだよね」
バカ……?
「マジになっちゃった」
「どういう、ことですか」
「契約なのにね」
「好きになった、ということですか」
麗子は、起き上がって、赤い目で僕を見た。あのパーティの帰りのように、麗子の頬に、涙が流れていた。
「あんた、彼女いるの?」
彼女、はいない。
「いません」
「あんたも、仕事命なんだ」
 何を言えばいいのだろう。どうやら、麗子は直輝を本当に好きになってしまい、他に女性がいるのではないかと疑い、嫉妬し、家に『帰って』こない彼を待って、寂しがっている。目の前のこの僕が、その『他の女』だと知ったら、彼女はどう思うのだろう。気持ち悪がるだろうか。そうだ、きっと、普通の女のように、僕達のことを、気持ち悪がって、バカにして、差別的な目で見るんだろう。
「社長に、お伝えしておきます」
僕は最善と思われる返答をして、寝室を出た。麗子は黙って僕の後を追い、リビングで僕に、抱きついた。
「抱いてよ」
「は?」
「他の男と寝てもいいんでしょう?」
「私と、セックスをしたいということですか」
 麗子は俯いて、ため息をついて、冗談、と呟いて、夕食の残りをゴミ箱に捨て、食器を洗い始めた。
「お望みであれば、男性をご用意いたしますよ」
「イケメンでお願いね」
「具体的なイメージをいただけますか。イケメン、だけでは、ご要望に沿えない可能性があります」
「冗談だって」
麗子は寂しげに笑って、もう帰って、と言った。
< 16 / 82 >

この作品をシェア

pagetop