だめだ、これが恋というのなら
王様ゲーム
講義が終わり、後ろの席の女が素早く席を立った。
『芽衣?』
『今日、これから司書の講義があるの』
そう言って、彼女は颯爽と講義室を出て行く。
え、あの女、介護の資格以外にもそんなもん受講してんの?
よく頑張るわ…
『芽衣も頑張るね~』
麻里が他の女と、彼女の後ろ姿にそう呟いた。
『アイツってさ、頑張るのが好きなの?』
俺が麻里に尋ねると、麻里、そして他の女も一斉に口が止まった。
『え、司…?』
口元がひきつる女たちの顔を見て、俺はしくじったと思った。
『あ、いや別に関係ないんだけど』
俺はそう言い残して、早々と荷物をかき集め講義室を後にする。
…ギリギリ、セーフだよな?
別にどうなってもいい女なんだけど、なんか麻里たちとの関係をこじらすのは可哀想かなと思ったり。
…いや、あの女は人に“ありがとう”も言えない女だし…
いや、そうでも、ないんだよな。
俺の目の前に映る一つの光景。
あの女が誰かとぶつかったのか、アイツの所持品がカバンから落ちて床にばらまかれた状態になっている。
『あ、ごめん…』
見知らぬ男がぶつかった本人なんだろう、急いでアイツの所持品を拾う。
そして、
『これで全部かな?』
そう渡されたとき、
『ごめんなさい、私が前をちゃんと見ていなかったのがいけなかったのに…』
『でも、拾ってくれてありがとうございました』
そう言って、俺が今まで見たことのない笑顔を見知らぬ男に見せた。
俺には“ありがとう”なんて言わなかったくせに。
あんな笑顔を見せてくれたことはないのに。
でも、俺じゃない人間にはそういうこと、できんだな。
なんだろう…。
表現が難しいほど、なんか落ちてる自分がいる気がする。
そして、俺は立ち止まって話してるアイツの横を通り過ぎる。
でも。
他の女と違って、アイツは追いかけてこない。
他の女と違って、“司”とは呼ばない。
俺はいつも、あの女にとったら、ただの通りすがりの人。
透明人間。