猫耳少女は森でスローライフを送りたい
第四章 村を襲う危機
「わぁ!」
 私たちがルルド村に到着すると、ほんの数日だというのに、村を覆う囲いの外に、新たに掘り起こされた場所、畑が出来ようとしていた。私は思わず歓声をあげる。

 そんな私たちの姿をみとめて、獣人とゴブリンたちが手を止めた。
「みなさん! お帰りなさい!」
 一人の獣人が私たちに挨拶をする。

「本当は囲いごと広げたいところなんですが、まずは土地を準備しようと思いまして」
「頑張ってるゴブー!」
「おい、こら!」

 獣人が私に説明している傍から、ゴブリンの一人が「ほめて!」とでも言うように、クワを放り出して私の元へ駆け寄ってくる。

「頑張ったわね、偉いわ」
 彼らの背たけは私の胸に届くか届かないかといったところ。水浴びでもしたのだろうか、身綺麗なった彼らがはしゃいで騒いでいる様子は、とても微笑ましいものだった。
 私は思わず寄ってきた子の頭を撫でた。

 すると、残りの子たちが「ずるい!」と騒ぎ出して、私の周りをわっと囲む。
「全く。これじゃあ仕事も手につかなさそうだ」
 監督役の獣人が、やれやれといった様子で、肩をすくめる。その表情はやはり微笑ましいものを見るように優しい。

 そうして、村長さんに挨拶をしようとする私たちの後を、畑にいたみんなが後を追う形で、ぞろぞろと移動するのだった。

 村長さんの家を訪ねると、早速、前回と同じ部屋に通された。そして、前回使用したソファまで案内される。
 村長さんと対面するように、一緒に来た仲間が彼の向かいに腰を下ろした。

「チセ様。今回の用向きは、お願いしていた薬剤の件でしょうか?」
「はい! ご依頼の初級ポーションを作ってきました。それと、これから開墾するにあたって、みなさんのお役にたてて頂けたらと思って、疲労回復ポーションを差し入れに持ってきました!」

「チセ様。差し入れ……とおっしゃられるということは、それはチセ様の善意で下さるということですか?」

 ーー()はいらないんだけどな(汗)

 まあ、そこはちょっと置いておくとして。
「はい。以前初級ポーションをお持ちしたときに、代金以外にもたくさんのお礼をいただきました。それに対する気持ちとでも思っていただければ結構です」
 私は、にこりと笑みを浮かべて回答した。

「ありがとうございます、チセ様。そんなお心配りまで……」
 村長さんが、頭を下げる。

「頭を上げてください。私は、みんながあの子(ゴブリン)たちを受け入れてくださって嬉しいんです」
 そう伝えて、頭を上げてもらおうとしていたそのとき。

 家の外からものが壊れるような大きな音と、叫び声が聞こえた。
「え……?」
「なんだ⁉︎ 何があった!」
 村長が、ソファから立ち上がって、部屋のドアを開けた。

「村長! 村長!」
 すると、バタバタと騒がしく廊下を歩く音とともに、男の人の大きな声がした。
 私たちも、その騒動に腰をあげる。

 ーー一体何があったんだろう?

「村長! 襲撃です! 竜です、黒い竜が!」
 みんなで部屋を出て様子を見に行こうとしていたところで、傷だらけで血を流している虎獣人の青年が報告に駆けつけた。

「竜? 襲撃⁉︎」
 村長は、頭を抱えた。

 私たちは、()と聞いて、アルに視線を向ける。
「ねえ、アル。黒い竜って……」

「黒竜ってまさか……!」
 アルが血相を変えて部屋の入り口から飛び出していく。私たちもそんな彼の後を追うのだった。
 外に飛び出すと、バサッと空気を振動させて動く大きな影に、視界が暗くなる。

「何、あれ……」
 それを確認しようと見上げた私は、その空を覆うものの正体に絶句して立ち尽くす。

「チセ……!」
 咄嗟に、私とスラちゃん、ソックスと村長さんといった、あまり戦闘に秀でていないとわかる人たちを守るように、アルとくまさんが自分たちの背後に隠した。

「や……!」
 私は竜というものは知っている。けれど、それは知識としてのものだった。アル以外の本物を見たことなどなかった。

 アルは、村の上を飛び回っただけで、村になんの被害も与えていない。最初は怖かったけれど、私たちに協力的で、すぐにその恐怖心は消え去った。それに、()()姿が必要でなくなったらすぐ人の姿をとってくれたのも、怖い、と思わなかった理由の一つなのかもしれない。

 けれど、この竜は怖かった。
 心の奥底から湧き上がるような、生存本能からくる恐怖心で、体が震え上がる。

「あっははは! 脆い脆い! 所詮、脆弱で矮小な民草。俺の相手になりもしない!」
 そこには巨大な黒竜が、宙を舞っていた。

 岩のようにゴツゴツとした体表を持ち、その大きな体躯はまるで山のようだ。
 口からは黒い炎を吐き、粗末とは言っても村人たちには大切な家を焼いていた。
 バサリ、バサリと羽ばたきする大きな翼とその体は、村に巨大な影を落とす。そして、羽ばたきによって生まれる風が、家屋に着火した火を、さらに煽っていく。

 家を焼き出された獣人や、畑にいたのであろうと思われるゴブリンたちが、あるものは逃げ惑い、あるものは震え上がっていた。村から逃げ出す人々もたくさんいた。

 そんな中、何人かの体格の良い若い獣人たちが、血を流したり火傷をしたりと、手負いの状態で黒竜と対峙していた。

「……ひどい!」
 私は、その光景に涙が溢れそうになる。

「チセ! 泣いている場合じゃないぽよ! 自分にできることをするんだ!」
 私はスラちゃんにそう叱咤されたのだった。
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