想い出は珈琲の薫りとともに
prologo
 私は確かに「お手伝いしましょうか?」そう言った。

 でもそれは、こんなところに連れて来られるために言ったわけじゃない。

 なのに、私はその人を見て動けなくなったいた。

 イタリアの上質なブランドスーツに身を包み、組んだ腕からはハイブランドの腕時計が見えている。

 (こんな人……職場にも滅多に現れない)

 私はそう思っていた。

「……名前は?」

桝田(ますだ)亜夜(あや)、です」

「年齢は?」

「ニ十五……です」

 まるで尋問だ。
 無表情のまま黒く艶やかな髪を鬱陶しげに少しかき上げると、その薄い唇からはぁ、と息を漏れた。

「私は穂積(ほづみ)(かおる)。ではアヤ、今日から君が私の婚約者だ」

 ソファから私を見上げているその顔。冷たくも見える、均整の取れた美しい顔だ。その瞳で見つめられ、私はきっと催眠術にかかってしまったのだろう。

気がつけば、「……はい」と返事をしていた。
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