想い出は珈琲の薫りとともに
8.otto
「おはよ! 亜夜!」

 翌日の朝、時間はまだ七時すぎ。
 玄関先に現れたのはニコニコと笑う真砂子だった。その真砂子に抱かれていた風香は上機嫌。でも、私の顔を見ると急に腕を差し出してきた。

「やっぱりママには勝てないかぁ」

 笑いながら言う真砂子を家に入るよう促す。
 リビングで遊び始めた風香を眺めながら、ダイニングテーブルに座り真砂子と向かい合った。

「本当に……ありがとう。真砂子」

「なーに言ってるのよ、水くさいって。こっちはふうとたくさん遊べて楽しかったし」

「それもあるけど、今日のシフトも……」

 昨日、薫さんが外に出ているあいだに真砂子に連絡を入れた。さすがにもう風香はそろそろ寝ようとしている時間。『お母さんが今寝かしつけてるし、起こすのもかわいそう』と言われ、そのまま風香は泊まらせてもらうことにした。
 そしてそのあと、こう言われたのだ。

「明日のシフト、私変わるね。オーナーにももう連絡入れてるし。せっかく会えたんだもん。親子水入らずでゆっくりしたら?」

「でも、明日も会うかわからないし……」

 このときはまだそんな話しもしていなかった。だから私はいつものように仕事に行くつもりでいた。

「会わないなら会わないで家でゆっくりすればいいんだから。ねっ?」

 その好意をありがたく受け取り、私は今日休みを取ることにした。結局それで正解だったのだけど。

「で? あの人……穂積さん、だっけ? は帰ったの?」

 真砂子は私の淹れたコーヒーを飲みながら尋ねた。

「帰ったわよ。泊まるわけないじゃない。着替えだってないんだし」

「ええ〜? 着替えなんていらないんじゃな〜い?」

 意味深にニヤリと笑うその顔は、言葉にしなくても何を言いたいのか嫌でも察する。

「そんなことしてません!」

「そんなことって、どんなことぉ?」

 もちろんこれは嫌味で言っているわけではない。揶揄って楽しんでいるだけだ。私は頰を紅くして「もういいでしょ!」と決まり悪く返していた。
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