想い出は珈琲の薫りとともに
13.tredici
 『今日も残暑の厳しい一日になるでしょう』とテレビでアナウンサーが告げている土曜日の朝。

「用意はできたかい?」

 薫さんが風香を片手で抱き上げ、片手には彼女の荷物を持ち尋ねた。

 今日、私たちの仕事は休み。けれど保育園には遠方の実家に帰らなければならないと事情を説明し、預かってもらうことになっていた。


「亜夜! 穂積さん!」

「おはよう、真砂子。今日は面倒かけるけど……よろしくね」

 保育園に着くと、外に真砂子が立って手を振っていた。今日は通常シフトの出勤で、その前に寄ってくれたようだ。風香の迎えは真砂子に頼んである。そのあとのことも。

 電車でも車でも同じ三時間半ほどかかる距離。さすがにいきなり風香を連れて行くのは無理がある。それに、とても歓迎されるとも思えなかった。

「な〜に言ってるのよ! 困った時はお互い様でしょ? それに、今日はふうのお誕生日会イン進藤家を開催するから!」

 戯けたように真砂子は言う。

 一昨日、風香は誕生日を迎えた。
 最初は三人だけでお祝いするつもりだったが、薫さんのお母様から『一緒にお祝いさせてくれないか』と連絡があった。私たちはもちろん喜んで申し出を受け、薫さんのご実家でお祝いしていただいた。
 私たちは一才を迎えた子どもが一升のお餅を背負って歩く行事なんて知らなかった。お義母様がそうだろうと用意してくださっていて、お義父様やお祖父様と一緒に風香の成長を祝ったのだ。

 真砂子は当日仕事が終わったあと、プレゼントを持って来てくれた。疲れて早く寝てしまった風香の顔を見られずとても残念がっていた。

「ありがとう、真砂子。できるだけ……早く帰るつもり……」

「気にしないで。って言うか、穂積さんだって運転大変だし、ゆっくり帰ってきなよ。うちには明日迎えにくればいいんだから。どっか泊まっちゃえば?」

 最後に真砂子はニヤリと笑う。

「なっ、何言ってるのよ! ちゃんと帰ってくるって!」

「いいじゃん。デートデート!」

 揶揄うように笑う真砂子の言葉に恥ずかしさで耳まで熱くなる。そんな私に、ふっと表情を和らげた。

「笑顔で帰ってきてね。私は亜夜のこと、家族だと思ってるから」

 真砂子には今まで、自分の家族のことは話してきた。良好だと言えない関係を、口に出さずとも心配してくれているのが伝わった。
 
「ありがとう真砂子。私も。……大好きだよ」

「穂積さんに嫉妬されちゃう!」

 私たちは泣き笑いしながらそんなこと言い合った。
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