想い出は珈琲の薫りとともに
番外編【あなたに全てを教えて欲しい】

幕開け

 二十歳になったばかりの、桜の季節。
親に決められた人と婚約した。

 初めてお会いしたのは、満開の桜が望める料亭のお部屋だ。
 淡い空の色に、ときおりハラハラと落ちる花びらが美しかったのを覚えている。
 けれど、それより美しいと思ったは目の前に静かに佇む婚約者の容姿だった。

「初めましてお目にかかります。市倉(いちくら)乃々花(ののか)と申します」

 恥ずかしさのあまり顔を上げることが出来ず、上目遣いにその人を盗み見ながらなんとかご挨拶した。

「初めまして、乃々花さん。穂積(ほずみ)(かおる)です」

 低いトーンの落ち着いた声。ご年齢は私より一回り以上年上で、大人の余裕が伝わってくる。

 とても素敵なお声だわ……

 そのときは舞い上がっていて目を合わすこともできず、俯いてそんなことを考えていた。

 だから知らなかった。
 このとき、少しの笑みも浮かべず冷たい視線で見られていたことを。
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