想い出は珈琲の薫りとともに
4.quattro (薫 side)
 穂積家は、旧財閥系の流れを組む、経済界では名の知れた家だった。
 現在の当主は『御大』と呼ばれている祖父、清鷹(きよたか)。誰であろうがこの人には逆らえず、手のひらの上で転がされている。自分は幼いころからそんなことを思っていた。

 祖父には二人の息子と一人の娘がいた。自分はその二番目の息子の元に生まれた二番目の息子。家督争いからは外れているように見えても、祖父は『穂積』の名を名乗るものには容赦なかった。
 完全な実力主義。長男だろうが次男だろうが、実力が無ければ切られ、有れば持ち上げられる。そんな世界に身を置かれた。
 そんななかで生きてきたからか、いつしか自分を出すことを忘れていた。楽しいと思うことも、哀しいと思うことも、表に出してはいけないと無意識に閉じ込めていたのかも知れない。

 だが、そんな私に少しだけ人間らしさを取り戻してくれたのは、遠縁の和希だった。
 和希と初めて会ったのは、先代の法要だ。
 先代に可愛がられていたという、祖母の妹。すでに穂積の家から外れた者だが、先代の遺言で、存命のうちは法要に参加する権利を与えられていたと、のちに聞いた。その孫が和希だ。

 まだ当時小学校に上がる前だった和希は、長い法要のあいだに飽きてきたのかグズリだした。見かねた私が、『面倒を見る』と連れ出した。そのとき六年生だった自分も、正直なところ大人の集まりに息が詰まっていて、ていよく抜け出せたというところだったが。

「薫くん、あっちに池あったよ。見にいこうよ!」

 私の手を取り屈託なく笑う和希に、自分にないものを求めていたのかも知れない。そう思った。
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