アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「お母様はクロードさんといつから愛し合っていたの?」

「母とクロードの関係は母が十歳、クロードが二十五歳の時から始まっていたんだ。もちろん最初は家庭教師から始まった関係だったけど、教え導く立場の大人の男を尊敬し、それが愛に変わるのはリセエンヌにはありがちなことだろ。だけど、身分が違うし、クロードは立場をわきまえていたからあくまでも執事と奉公先の娘という関係は保たれていたんだと思うよ。それが母の結婚で崩れた。愛のない結婚に絶望した母はクロードに愛を求めた」

 ジャンは首のこりをほぐすように軽く頭を振ってから肩を回した。

「フランスでは不倫自体が咎められることはない。そういう文化だからね。よくあることで済む。フランスでは人を裁くことはあっても愛を裁くことはない。だけど、事件の容疑者となったら話は別だ。居場所を明かせなかったら潔白であることの証明は難しいし、金持ちの夫の死亡後に不倫相手と結婚したとなると、母だけでなくその相手、つまりクロードも財産目当ての共犯だったのではないかと疑われる。だから、母は隠し通したんだ」

 私はカフェオレのカップで顔を隠すようにしながら話を聞いていた。

「その後の事件の捜査で、もちろん母は何の関係もないことが証明されたわけだけど、だいぶ時間はかかったし、父が亡くなって母は自由になったはずなのに、クロードとは結婚しなかった。愛のせいで二人は結婚をあきらめなくてはならなくなったというわけさ」

 ジャンが細く長いため息をつく。

「父が亡くなった後、母は城館を出て今みたいに一人で暮らすようになった。クロードと離れてね」

 頭の後ろに手を回して背もたれに上体を預けながら、ジャンはまた窓の外のセーヌ川に視線を流した。

「僕は母とクロードを責めようとは思わないんだ。父だって仕事で外国へ出かけてばかりいたけど、現地で何をしていたかなんて、いちいち母に報告してたわけじゃないからね。むしろ知らない方がいいことばかりだったみたいだし。子供だった僕の耳にもいろいろな噂は聞こえてきてたよ。もう、そういう話を理解できる歳だったから父のことをあまり好きにはなれなかったな。二人とも最初から結婚なんかしなければ良かったんだよ。財産に縛られたせいで、お互いに不幸になっただけなんだと思うよ」

 お金持ちの家にもいろんな悩みがあるものなのね。

「今のフランスでは結婚という形に意味があるとは誰も思ってないから、愛があればその形は何でもいいんだよ。むしろ、形を与えない方が壊れたり消えたりしなくていい」

 あれ?

 じゃあ、なんでジャンは私と結婚したの?

 結婚に意味がないと思うなら、私と結婚する意味だってないじゃない?

「そろそろ行こうか」とジャンが席を立つ。

「どこへ?」

「帰るんだよ。クロードの車で」

 ジャンはボートカフェを出ると、セーヌ川の岸辺でスマホを取り出して電話をかけた。

「クロードが上に車を回してくれる」

 電話を切ったジャンは大通りへ上がる階段を上っていく。

 私は黙ってその背中についていった。

 聞けなかった。

 意味のないものにどんな意味があるのかなんて、聞けなかった。

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