アラサー地味子@シャトーホテル/フランスでワケアリ御曹司に見初められちゃいました
「僕たちはケンカばかりしているね。でも、分かってほしいんだ。僕は君に対して誠実でありたいと思っているよ。なのに君を不安にさせたことは申し訳なく思う。僕の言葉が足りなかった。説明が必要だったんだよね」

 彼のため息が聞こえる。

「だけど、信じてくれ。本当に何もなかったから何も言わなかったんだよ。君との出会いは偶然で、でも僕にとっては最高の幸運だった。偶然か必然かに意味なんかないよ。ただ、僕たちは出会ってしまったんだ」

 そう言ってしばらく息を詰めていた彼がまた口を開いた。

「なあ、ユリ」

 私は黙っていた。

 言葉を待っていた彼が、ため息の後に続ける。

「僕たちは出会うべきじゃなかったのかな」

「あなたがそう思うなら、そうなんでしょ」

 冷めたスープみたいな言葉が喉に引っかかる。

 だから何?

 そんなのどうでもいい。

 考えたくもない。

 やっぱりいくらなんでもお互いのことを知らなすぎた。

 理解し合えたなんて幻想。

 結婚なんて無茶だったのよ。

 三十にもなって何の経験もない女が浮かれてもてあそばれただけ。

 一人芝居の幕は勝手に下りる。

 知ってたくせに。

 分かってたくせに。

 ただ夢に溺れていたかっただけ。

 私はパスポートに挟んでいた結婚宣誓書を取り出した。

「こんな紙切れ、なんの意味もないんでしょ。書類だってそろえてないんだし。こんなの全部嘘。こんな紙切れに縛られるなんて馬鹿みたい」

 ジャンの目の前に突きつけてビリビリに破く。

 彼の膝の上に、ただのゴミくずになった婚姻届が舞い散る。

 うつむいたまま彼はじっとその紙くずの山を見つめていた。

 張り詰めていた気持ちが真っ白になる。

 私は床の上に崩れ落ちてジャンの膝にもたれかかった。

 もういいの。

 疲れちゃった、私。


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