だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜

番外編 ある少女の願いごと

2023.10.03になろうで公開した、周年記念の番外編になります。
時系列的には狩猟大会の少し前になります。


♢♢♢♢♢♢♢♢


 それは、ある春の日の出来事だった。

「アミレス! お前は何か、叶えたい願いなどはないか?」

 イリオーデと模擬戦をしていたところ、藪から棒にナトラがそう言い放った。騎士道を重んじる謹厳実直なイリオーデは突然の乱入に気分を害したらしく、白夜を鞘に納めつつ後で再戦しようと伝えて彼の機嫌を取る。
 どうやらナトラはつい先程まで宮殿の中で仕事をしていたようで、その手には箒が握られている。恐らくは、侍女達と立ち話でもしていたのだろう。

「急にどうしたの?」
「先程な、ネアとケイジーから聞いたのじゃ。この国の祭典の中には、子供のささやかな願いを叶えることを目的としたものがあると! 我、まだほんのちょっぴりしかこの国にはおらなんだから、そんな祭典があるとは知らなかったのじゃが……なんとも好都合な祭典ではないか!」

 鼻息を漏らしながら、ナトラは興奮気味に詰め寄ってくる。やはり侍女達から何かを又聞きしたらしい。

「もしかして星祭(ほしまつり)のこと? 確かにあれはどちらかと言えば市民向けの祭りで、私達はほとんど関わらなかったものね。知らなくても仕方ないと思うわ」
「そうそうそれじゃ! 我、その話を聞いてびびっときたのじゃ。──お前はこんな機会でもなければ己の欲を口にしなかろう? じゃからこれならば、アミレスの願いをもっともっと叶えてやれると!!」

 妙案思いついたり! とばかりにナトラが胸を張る。これに、退屈そうに私の特訓を眺めていたシュヴァルツが「お〜〜〜〜」と感嘆の息を吐きながら拍手したものだから、ナトラは鼻高々とばかりに小さな体を反らして更に胸を張っていた。

 星祭は、簡潔に言ってしまえばこの世界版の七夕祭りのようなものだ。内容もだいたい同じ。配役や諸設定が西洋ファンタジー風にアレンジされただけの事実上の七夕祭りが、例の星祭である。
 なのでいわゆる短冊的なシステムもあり、子供がささやかな願いを手紙に書いて軒先に置いておくと、いつの間にか手紙が消え、その願いが叶うとかなんとか。
 時期的にはまだ先の話なのだが──……きっと、ナトラはその事を話しているのだろう。

「して願いはなんじゃ? ほれほれ、なんでも言うてみよ! 我がなんだって叶えてやるからの」

 随分と期待に満ちた目を向けてくる。ナトラの心遣いは嬉しいんだけど、願いって言われてもなぁ……聞くのには慣れてるんだけど、聞かれるのは不慣れだからあんまり思いつかないな。

「うーん……強くなりたい、とか?」
「ほほう。ならば竜種になるべきじゃな! 竜はとっても強くてとってもかっこいいからの。任せよ、我がお前を竜種にしてやるのじゃ」

 人として死にたいから竜になるのはちょっと……そもそもなろうと思ってなれるものなの? 竜種って。

「なんか思ってたのと違うなぁ」
「違うのか。ならば他には何かないのか? なんでも言ってみるがよい」
「それじゃあ……いつか、世界を旅してみたいな」
「旅か。ふむ、であれば竜にしてやろう。空を征けば旅なぞあっという間じゃからな」
「空の旅もいいけど、せっかくなら馬車や自分の足で世界を見て周りたいかな」
「そうか、アミレスの願いは難しいのぅ……じゃが我は諦めぬ。必ずやアミレスの願いを叶えてみせようぞ!」

 ナトラの中にある謎の火をつけてしまったらしく、その後も暫く彼女からの願いを言え攻撃は続いた。元々願いと言えるようなものは、私にはほとんど無い。だから途中からは答えに詰まり無難なものを適当に答えていく羽目に。
 それでも毎回絶対に『竜にしてやろう』と言っては、私の願いを竜種へと生まれ変わらせる事でナトラは無理矢理叶えようとする。
 なんだろう、この竜種転生のオススメっぷりは。そんなにナトラは私を竜にしたいのか?

「──テメェやる気あんのかナトラ! アミレスの欲望を聞き出せるいい機会だと思って様子見していたが……お前が竜種になれとしか言わねェから、アミレスもだんだん適当なことばっか言うようになっちまったじゃねェか!!」
「はぁ? 我悪くないもん! 我は我なりにアミレスの願いを叶えてやろうと思っておるだけじゃ!」
「極端過ぎるだろ。なんで竜種に変える事でアミレスの願いが叶うと思ってんだ、お前は」
「? 叶うじゃろ。だって竜ぞ?」
「……竜種ってマジで自己肯定感スゲェ高いよな。そこだけは普通に尊敬するわァ…………」

 ぎゃあぎゃあと言い合うナトラとシュヴァルツ。傍から見ればちびっ子メイドと謎のイケメンの組み合わせだが、その実情は緑の竜と魔界の王。
 そんな二人にここまで気にかけてもらえるなんて、それだけでじゅうぶんありがたい事だ。だから、私から改まって彼等に望むことは……本当に、凄く些細な事だけ。
 それさえ叶えば、私は他に何も望めなくても構わない。

「アミレスさんよ。結局あんさんの願いは分かってないんだが、何かないのか?」
「カイルじゃない。貴方いたの?」
「イリオーデとの模擬戦してる時からいたわ。気づけよ俺にも」
「冗談よ。流石に人の気配が増えたら気づくわ」
「それはそれでこえーよ」

 ちょっとボケてみたところ、カイルはしっかりとツッコんでくれた。流石は我が親友だ。

「閑話休題。俺もな、大人として子供の願いを叶えてやろうかと思ったんだよ。だから願いプリーズ。俺がお前の願望器になってやる」
「何言ってんのあんた?」

 何を言ってんのあんたは。
 思わず心の声と口から出た言葉が一致してしまった。
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