だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
612,5.Interlude Story:Michelle
お兄さん──カイルと、アミレスと改めて顔を合わせ、今後について話し合った。
彼等が何を望み、何を成そうとしているのか……まだ、あまり実感が湧かないけれど。それでも彼女の思いと、その切実さは本物だと分かったから。あたしは、彼女の願いが叶うよう、そのお手伝いをしようと思ったのだ。
全てのルートの破却と、新たなルートの創造。
そうは言っても具体的な方法はなく、『とにかく片っ端からあらゆるイベントを潰して、ゲームの展開をぶっ壊してみるか』とのカイルの案を採用し、積極的にゲームシナリオから外れた行動をとろう。ということで、一旦話は落ち着いた。
一応はヒロインであるあたしが、ゲームシナリオに一番影響を齎す事が出来よう。妖精との一件でたくさんアミレスさんに迷惑をかけちゃったぶん、ここでお返ししなければ。がんばるぞ、おー!
「独りでに拳を突き上げたりして……何やってんだ、ミシェル」
「あ、お、お兄さ──カイル。これは、その……気合いを入れていたというか」
「アンタ、前世からそういうところあるよな」
苦笑し、カイルは前を歩く。
第一回転生者会議を終えたあたし達は、この後にも仕事があるというアミレスと別れ、皇宮の廊下を二人で歩いていた。
彼女は帰りの馬車を手配すると提案してくれたが、カイルが宿泊先まで送ってくれるとのことなので、お言葉に甘えることにしたのである。
どうやらカイルはこの宮殿に通い慣れているようで、侍女さんの案内も断って迷わず進んでゆく。その背中を追いかけていた時。あたしの頭の中に、ふと雨露のような疑問がぽつりと落ちてきた。
「……あの、カイル。一つ聞きたいことがあって」
「何?」
「あなたは、彼女のことが好きなの?」
問うと、カイルはしんと黙り込み、固まった。かと思えば眉間に皺を寄せてこちらを一瞥し、
「──そんなのじゃない。俺がアイツを想う気持ちは……恋とか愛とか、そんなありふれたものじゃない。これは、ただの執着と依存だ」
不機嫌に吐き捨てて、ズカズカと先を行ってしまった。
ただでさえ歩幅が違うのに、早歩きで先を行かれるとあたしの足では簡単には追いつけない。
「ま、待って!」
「……はあ。アンタも知ってるだろ、俺がどれだけ『恋愛』の当事者になるのが嫌か。俺は誰の恋愛対象にもなりたくないんだよ」
ぴたりと足を止め、カイルは振り向いた。その表情はカイルのものというより──前世でよく見た、あたしの初恋の人のそれで。
恋愛を毛嫌いするわりに恋愛モノを見るのが大好きな変わった人であることも、告白して来た女性に汚物を見るような視線を送っていたことも、よく知っているとも。
知っていたからこそ、あたしはあなたへの恋心を捨てたのだから。
「……うん。知ってるよ。だからこそ聞きたいの。あんなにも女の人を嫌って、恋愛を遠ざけていたお兄さんが──どうして、彼女にだけはあんなにも甘いの?」
極度の女嫌いなお兄さんが継続的に関わった数少ない女。それが佐倉愛奈花だと、お兄さん自身が前世で語っていた。──そんな彼が、いくら別人になったとはいえ、その性格まで簡単に変わるとは思えない。
……まぁ、前世の記憶が戻るまでヒステリックな我儘娘だったあたしが言っても、説得力はないと思うけど。
だからこそ引っかかるのだ。彼にとってのアミレス──『みこさん』という存在が、ただの友達だというのは、あまりにも不自然だと。
こんな風に難癖をつけていては、まだ彼が好きなのか……と勘繰られるかもしれない。お兄さんには感謝してるし、情がないと言えば嘘になるが……彼とどうこうなりたい、と言った思いはもう無い。──そんな思いは、あの瞬間に消えた去った。
『…………生きててくれてありがとう。アミレス』
瀕死の状態だったそうなのだが、ミカリアとジスガランド教皇の治癒魔法を受け、なんとか呼吸が安定したアミレス。それを、誰よりも酷い顔色で見守り、彼は心底安堵したように呟いていた。
元々そんなつもりはなかったけれど、あの顔を見て、彼に恋心を抱ける女はどこにもいないだろう。そこに自分が入る余地など一切無いと、理解を余儀なくされるのだから。
「……──女は今でも大嫌いだよ。でもアイツは別だ。そんな括りには入れられない特別な存在なんだ。特別な存在を特別扱いするのは当然だろ」
カイルは瞳を伏せ、しっとりとした声で呟いた。健康的な肌に睫毛の影が落ちたかと思えば、彼はまた一人で歩き出す。
「…………特別だけど、恋愛感情は介在しないって、どういうことなの……?」
あたしには分からなかった。人間とは、ありとあらゆる行動で“愛情”を免罪符にするものだから。
愛や恋が介在しない“特別”という言葉が、理解出来ない。“特別”であることを認めるのに、“愛情”を否定する姿が……とてもいびつに見えた。
──いくら考えても答えは出ない。
前世でたくさんお世話になったから、お兄さんにはちゃんと幸せになってほしいのに……そのお手伝いをすることさえ、愚かなあたしには不可能なのかな。
「……お兄さん。あたし、ちょっと忘れ物したみたい。取りに戻るね」
「え? あー、道分かるか? つーか俺が取ってくるけど」
「今来た道を戻るだけだから大丈夫。そんなに待たせないから、お兄さんはここで待ってて」
「あぁそう。分かった」
カイルをその場に残し、小走りで来た道を戻る。先程まで滞在していた部屋の前に立ち、あたしは扉をコンコンとノックした。
「アミレスさん。ミシェルです──……」
彼等が何を望み、何を成そうとしているのか……まだ、あまり実感が湧かないけれど。それでも彼女の思いと、その切実さは本物だと分かったから。あたしは、彼女の願いが叶うよう、そのお手伝いをしようと思ったのだ。
全てのルートの破却と、新たなルートの創造。
そうは言っても具体的な方法はなく、『とにかく片っ端からあらゆるイベントを潰して、ゲームの展開をぶっ壊してみるか』とのカイルの案を採用し、積極的にゲームシナリオから外れた行動をとろう。ということで、一旦話は落ち着いた。
一応はヒロインであるあたしが、ゲームシナリオに一番影響を齎す事が出来よう。妖精との一件でたくさんアミレスさんに迷惑をかけちゃったぶん、ここでお返ししなければ。がんばるぞ、おー!
「独りでに拳を突き上げたりして……何やってんだ、ミシェル」
「あ、お、お兄さ──カイル。これは、その……気合いを入れていたというか」
「アンタ、前世からそういうところあるよな」
苦笑し、カイルは前を歩く。
第一回転生者会議を終えたあたし達は、この後にも仕事があるというアミレスと別れ、皇宮の廊下を二人で歩いていた。
彼女は帰りの馬車を手配すると提案してくれたが、カイルが宿泊先まで送ってくれるとのことなので、お言葉に甘えることにしたのである。
どうやらカイルはこの宮殿に通い慣れているようで、侍女さんの案内も断って迷わず進んでゆく。その背中を追いかけていた時。あたしの頭の中に、ふと雨露のような疑問がぽつりと落ちてきた。
「……あの、カイル。一つ聞きたいことがあって」
「何?」
「あなたは、彼女のことが好きなの?」
問うと、カイルはしんと黙り込み、固まった。かと思えば眉間に皺を寄せてこちらを一瞥し、
「──そんなのじゃない。俺がアイツを想う気持ちは……恋とか愛とか、そんなありふれたものじゃない。これは、ただの執着と依存だ」
不機嫌に吐き捨てて、ズカズカと先を行ってしまった。
ただでさえ歩幅が違うのに、早歩きで先を行かれるとあたしの足では簡単には追いつけない。
「ま、待って!」
「……はあ。アンタも知ってるだろ、俺がどれだけ『恋愛』の当事者になるのが嫌か。俺は誰の恋愛対象にもなりたくないんだよ」
ぴたりと足を止め、カイルは振り向いた。その表情はカイルのものというより──前世でよく見た、あたしの初恋の人のそれで。
恋愛を毛嫌いするわりに恋愛モノを見るのが大好きな変わった人であることも、告白して来た女性に汚物を見るような視線を送っていたことも、よく知っているとも。
知っていたからこそ、あたしはあなたへの恋心を捨てたのだから。
「……うん。知ってるよ。だからこそ聞きたいの。あんなにも女の人を嫌って、恋愛を遠ざけていたお兄さんが──どうして、彼女にだけはあんなにも甘いの?」
極度の女嫌いなお兄さんが継続的に関わった数少ない女。それが佐倉愛奈花だと、お兄さん自身が前世で語っていた。──そんな彼が、いくら別人になったとはいえ、その性格まで簡単に変わるとは思えない。
……まぁ、前世の記憶が戻るまでヒステリックな我儘娘だったあたしが言っても、説得力はないと思うけど。
だからこそ引っかかるのだ。彼にとってのアミレス──『みこさん』という存在が、ただの友達だというのは、あまりにも不自然だと。
こんな風に難癖をつけていては、まだ彼が好きなのか……と勘繰られるかもしれない。お兄さんには感謝してるし、情がないと言えば嘘になるが……彼とどうこうなりたい、と言った思いはもう無い。──そんな思いは、あの瞬間に消えた去った。
『…………生きててくれてありがとう。アミレス』
瀕死の状態だったそうなのだが、ミカリアとジスガランド教皇の治癒魔法を受け、なんとか呼吸が安定したアミレス。それを、誰よりも酷い顔色で見守り、彼は心底安堵したように呟いていた。
元々そんなつもりはなかったけれど、あの顔を見て、彼に恋心を抱ける女はどこにもいないだろう。そこに自分が入る余地など一切無いと、理解を余儀なくされるのだから。
「……──女は今でも大嫌いだよ。でもアイツは別だ。そんな括りには入れられない特別な存在なんだ。特別な存在を特別扱いするのは当然だろ」
カイルは瞳を伏せ、しっとりとした声で呟いた。健康的な肌に睫毛の影が落ちたかと思えば、彼はまた一人で歩き出す。
「…………特別だけど、恋愛感情は介在しないって、どういうことなの……?」
あたしには分からなかった。人間とは、ありとあらゆる行動で“愛情”を免罪符にするものだから。
愛や恋が介在しない“特別”という言葉が、理解出来ない。“特別”であることを認めるのに、“愛情”を否定する姿が……とてもいびつに見えた。
──いくら考えても答えは出ない。
前世でたくさんお世話になったから、お兄さんにはちゃんと幸せになってほしいのに……そのお手伝いをすることさえ、愚かなあたしには不可能なのかな。
「……お兄さん。あたし、ちょっと忘れ物したみたい。取りに戻るね」
「え? あー、道分かるか? つーか俺が取ってくるけど」
「今来た道を戻るだけだから大丈夫。そんなに待たせないから、お兄さんはここで待ってて」
「あぁそう。分かった」
カイルをその場に残し、小走りで来た道を戻る。先程まで滞在していた部屋の前に立ち、あたしは扉をコンコンとノックした。
「アミレスさん。ミシェルです──……」