ふたりで解く

スノームーンとはちみつレモン





―――誰だって夢を見てもいいじゃないか。

 悠李の隣を歩きながら、わたしはふとそう思った。
 ピンクからオレンジに変わる朝焼けの空の向こうで、凛とした2月の満月が煌々と浮かぶ。美しいと思う心がある限り、人は夢見るものだ。

 地味な見た目なのは自覚している。
 悠李との仲なんて微塵も期待していない。
 ただ、このまま時が止まって、朝焼けの空まで続く道を二人でずっと歩いていたい。
 今だけでいいから、悠李の瞳にわたしが映って欲しい。
 そうやって心の中で思うことぐらい、もういいじゃないか。
 分不相応な恋をする自分を、これ以上責めても何の意味もないのだから。

「もう6時か」

 悠李は携帯電話で時間を確認すると画面をタップした。誰かにラインを送っているようだ。
 悠李の周りには、常に男女問わずたくさんの人が集まる。
 整った容姿と、誰に対しても分け隔てなく接する性格の良さで皆が悠李のことを好きになってしまうからだ。

 わたし達が仲良くなったのも、大学1年生の時の講義で席が隣同士になったのがきっかけだった。
 3年生になった今では、共通の友人と一緒に飲みに行くほど仲が良い。
 いつの間にかこうなっていたのは悠李の対人力のおかげだろう。
 目立つタイプじゃないわたしと、人気者の悠李が仲がいいことに対して驚く人も少なくなかった。

「今日はちょっと飲みすぎた」
「久しぶりに皆で朝まで飲んだね」
彩月(さつき)が朝までいるの珍しいよな」
「そうだね。たまにはいいかなと思って」
「塚本いたしな、今日」
「塚本くん? 確かにいたけど何でここで塚本くんの名前が出てくるの?」
「二人でめっちゃ楽しそうにしてたから」
「楽しかったよ。面白いよね、塚本くんって」

 へぇ、とつまらなさそうな返事が返ってくる。
 悠李は携帯電話を眺めたままだった。
 わたしの話に興味がないのか、それともラインの相手のことを考えているのか。
 俯いているせいで、表情はよく分からない。 
 ラインの相手は多分、女の子だ。
 後腐れのない軽い恋愛を繰り返していることも、誰にも本気にならないことも知っている。
 それでも、今回の相手こそ本命になるかもしれないと無駄な不安を抱えるのは、ずっとやめられなかった。
 
「今日は凄く寒いね」

 口を開けば白い息が舞う。
 霞む地面の向こうに本音を投げ捨てた。
 いつもこうして自分を誤魔化して来たし、これからもそうするつもりだ。
 誤魔化すのは疲れることもあったけど、それはもう仕方がないと割り切るしかない。
 そして、いずれこんなこともあったな、と笑える日が来ることを願うしか。

「飲む?」

 相変わらず冷めた表情をした悠李の手には、さっき買ったはちみつレモンがある。
 わたし達が仲良くなったきっかけも、このはちみつレモンだった。

「ありがとう。これほんと美味しいよね、大好き」

 手渡されたはちみつレモンは、ふんわりと温かかった。

『これ、おれもすき』

 悠李が初めて声をかけてくれた日を思い出しながら、ほんのりと酸味のあるジュースをこくりと飲み込む。
 視線を上げると、黄金色に染まる明け方の空に、満月がうっすらと溶けていくところだった。

「あげるよ、それ」
「いいの? まだほとんど飲んでなかったけど」
「いいよ。好きなんだろ」
「悠李も好きじゃん」

 悠李の返事を聞こうとしたところで、分かれ道まで来ていたことに気付く。
 悠李は右へ、わたしは左へ。
 二人きりの時間はここまでだ。短い夢だった。
 名残惜しい気持ちを胸に押し込めて、「じゃあ」と手を上げる。

「家まで送ってくよ」
「それだと悠李が遠回りになるよ。うち、ここから結構歩くし」
「知ってる。帰り道がちょっと遠くなるくらい、いいよ」
「でも」
「分かった分かった。おれがいつもよりゆっくり歩いてたの気付かなかった?」
「全然分からなかったけどそれがどうしたの?」
「ほんとは甘いものも好きじゃないよ。朝まで飲むのも嫌い。遠回りも、ゆっくり歩くのも。彩月がいなかったら全部嫌い」
「え……?」

 悠李がわたしの手首を力強く握る。

「男として見られてないのは分かってる。でも友達のままでいるのはやっぱり無理。だから今からおれの話、ちょっとだけ聞いて」

 いつになく真剣な表情で、真っすぐわたしを見つめる悠李を前に胸が早鐘を打つ。

―――もう少し、夢を見ていてもいいだろうか。

 手の中にある満月色のはちみつレモンがぽちゃりと揺れた。




(夢を見ていたのは、彼も同じかもしれない)






                                               

                   
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