【大賞受賞】沈黙の護衛騎士と盲目の聖女
第一章 沈黙の護衛騎士

 深々と雪の降り積もるうっそうとした森の奥に、こぢんまりとした屋敷が建っている。景色に溶け込むように白い外壁をした建物には、ひとりの聖女が住んでいた。

 ——先見の聖女。

 未来を詠むことのできる聖なる力を持ちながらも、存在は隠され人々の前に出ることはない。

 ただ、ひっそりと息をひそめるようにして生きていた。





「お嬢さま。先日お伝えしました臨時の護衛騎士が到着しました」
「そう、ありがとう」

 ユリアナは顔にかかる長い髪をはらいながら顎を上げると、執事と共にもうひとりの男が部屋に入る足音を聞いた。窓から入る明るい光が顔に当たっている。男はユリアナの姿を見て、わずかに息を詰めたようだ。

「名はレームと言いますが、この者は声を出すことができません」
「まぁ」
「ですが腕は立つとの話ですから、ご安心ください。普段は呼び鈴を持たせますので、返事をする時はひとつ鳴らすようにします」

 チリン、と可愛らしい鈴の音が聞こえる。男が鳴らしたのだろう、心地よい音がする。

「わかりました。では、否という時はふたつ鳴らしてください」

 再びチリン、と鈴が鳴る。

「レーム、短い間ですがよろしくお願いします。護衛といっても、こんな雪深いところに来る者もいませんが……、お父様が心配されたのね」

 ほう、と短い息を吐いたユリアナはチリンと鳴る鈴の方に顔を向けた。

「聞いていると思うけれど、私はこの通り目が見えません。片足も悪いから、護衛騎士というよりは、私のお世話係のようになってしまうわね。……手を、貸してくれる?」

 カツン、カツンと靴音を鳴らせながら男は近づくと、イスに座るユリアナの前に来て片方の膝をついた。——騎士が主人に忠誠を誓う時の姿勢だ。

 そっと差し出したユリアナの白く細い手に触れた男は、片方の手で剣をカチャリと鳴らしながら顔を手に近づけた。そしてチリン、と鈴をひとつ鳴らし手の甲に静かに唇を落とす。

 彼の柔らかい唇が素肌に触れた瞬間、聖女はまるで全身を熱で包まれたように感じて身体を小さく震わせた。後ろに立つ執事もひくりと息を呑んでいる。

 しばらくして、ユリアナはため息交じりに声を零した。

「……まぁ、こんな私に誓い立てをしてくれるなんて。ほんの少しの間だけど、嬉しいわ。ありがとう、レーム」

 ふわりと花がほころぶように笑ったユリアナを間近に見た男は、一瞬くっと息を止め身体を強張らせる。どうやら、緊張しているようだ。

「レーム、少しだけ手袋をとってくれるかしら。あなたの手の感触を覚えたいの」
「お嬢さま! いけません。淑女たるもの、異性の素手を触るなどはしたないことはお控えくださいと、あれほど言っておりますのに」
「もう、じいやは黙って。……お願いできるかしら」

 チリン、と鳴らした男はすぐに握っていた手を離し正絹の手袋を外す。そして再び手のひらに男の手が触れると、ユリアナは両手でなぞるように指先に触れた。

「まぁ、大きくて……硬い手なのね。剣だこもたくさん。長い指……でも、綺麗な肌をしているわ」

 顔を伏せて男の手の方を向いたユリアナは、感触をそのまま口に出して確認している。綺麗、と聞いた瞬間に男は手をピクリと揺らした。

「あら、男性に綺麗って言葉は良くなかったのかしら。……ごめんなさい、私はそうしたことに疎くて」

 チリン、チリンと鈴が鳴る。まるで、謝るなと言っているようだ。

「……ありがとう。この手で私を守ってくれるのね」

 チリン、と力強く鈴が鳴る。声を聞くことができなくても、鈴があれば意思疎通ができるようで安心する。

 ユリアナは手を引いて男を立たせると同時に、自分も立ち上がって窓の方に顔を向けた。一面の銀世界に光が反射して眩いばかりに輝いているが、ユリアナの紫の瞳がその光を映すことはない。

 目の光を失ってから二年が過ぎようとしている。だが、ユリアナは失明するきっかけとなった出来事を後悔したことはない。片足の機能を失った時と同じく、彼女は凛として誇りを失わなかった。

 ひとりの男を救う代償に、彼女は目の光を失っていた。最愛の、レオナルド王子。婚約寸前で別れることになってしまった彼のことを、ユリアナは未だに胸の奥にある一番大切なところに住まわせていた。

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