花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「おにいちゃん、さくらとって」
「だめだよ」

「このちゃんじゃ、とどかないの」
〝このちゃん〟がこの子の名前らしい。

「そういう意味じゃない。桜を切ったらダメだ」
「どおして?」
「花は、切ったら枯れるだけだ。命が短くなってしまう」

子どもに説明してもわからないかもしれない。
だけど、家族の大切な桜を切ることはできない。
他人に譲りたくもない。

「しんじゃう?」
彼女の口から〝死〟という今の僕にとっての禁句のような言葉が無邪気に飛び出す。

「そうだよ、死……」

冷静でいようとする頭とは裏腹に涙が頬を伝って、言葉に詰まる。

そんな僕を見て、彼女は靴を脱いで縁側に上がった。
そして、僕の頭を撫でる。

「ごめんね。このちゃん、さくらいらない。だから、なかないで」
彼女には、僕が桜をあげるのが嫌で泣き出したように見えたのかもしれない。

人前ではあまり泣かないようにしてきたが、この予想外の状況に涙が止まらなくなってしまった。
自分よりも随分年上の人間が目の前で涙を流して泣き始めたのだから、この子もきっと困っているだろう。

それでも彼女は涙が止まるまで僕の頭を撫で続けた。
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