花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「コノカ、僕が画家になったら嬉しい?」
玄関まで見送ったところで聞いてみた。

「うん、うれしい! かいりくんのえ、みてるとうれしい」
「見てると嬉しい?」
「うーん……? やさしい?」

ひょっとして、コノカは僕と同じことを思っているんじゃないだろうか。

「心がポカポカする?」

彼女は考え込んでしまった。
子どもには難しかったのかもしれない。

「うん、ぽかぽか! すごいね、ぽかぽかするんだね、かいりくんなんでもしってるんだね」

胸に手を当てたコノカの瞳がまたキラキラ輝く。

「なら僕は画家になるよ。コノカの心が温かくなるような絵をたくさん描く」
「うん! このかもなる! かいりくんといっしょの、がかさんになる! やくそくね」

子どもっぽいと思いつつコノカが差し出した小さな小指に、しゃがんで小指を絡める。
その手がとても温かい。

「またね」と言ったコノカに会ったのは、それっきりだった。
近所に住んでいるのだから、探してみれば簡単に見つかったのかもしれない。
けれど四月に入って日本の学校に行き始めると、自分の生活に必死で、コノカを探すようなことはしなかった。

翌年にはまた、春に憂鬱な気持ちになった。

それでも、その日の出来事は画家になってからもずっと心に残り続けるようなことだった。
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