花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
ふと、視線を感じて横を見る。
昨日……いや、今日の未明に会った守衛さんが訝しそうな表情で私を見ている。

彼に会うことは予想していたから、桜の枝はパーカーの内側に優しく隠している。
気まずさを隠しきれない表情でペコリとお辞儀をすると、私は自宅のあるサウスエリアに向かって歩き始めた。

門から離れたところで、桜の枝を出して眺める。

この桜にも負けないくらい、きれいな人だったな。

春海櫂李さん……どこかで聞いたことがある気がする。
あの地区に住んでいる人だから、有名な経営者や資産家なのかもしれない。
それとも昔聞いたのか……。

しばらく歩いて、サウスエリアの自宅アパートに到着する。
部屋の中はベッドと必要最低限の家電しかない殺風景な八畳のワンルーム。
物を増やさないと決めている今の状況ではこれでも広すぎるくらい。

シャワーを浴びて、一眠りしたら支度をしなくてはいけない。
彼の指や唇の感触も洗い流されてしまう気がしてどこか寂しく思えたけど、思い出が消えるわけじゃない。
夢みたいな思い出と一緒にベッドに潜り込む。


十一時、目覚まし時計の「ピピピ」という音に起こされる。

パッと着替えて必要な荷物と、また桜の枝を手にする。
本当は歩いて行きたいところだけど……今日は少し身体が怠いから、仕方なくバスに乗ることにした。
行き先は、ベリが丘総合病院。
祖母の入院している病院だ。

混み合っているバスに乗り込むと、ベリが丘の街並みが車窓を流れていく。
「次は櫻坂〜」
バスのアナウンスにドキッとする。

そういえばこの路線は櫻坂を通るんだった……。

お花見目当ての乗客が次々にバスを降りていく。
先ほどまでの混雑は満開の桜が原因だったようだ。

空いた座席に座る。
窓の外の満開の桜並木を見て、今朝の出来事を思い出す。

「本当に夢だったみたい……」
思わずポツリとつぶやいてしまった。

「次はベリが丘総合病院〜」
停車ボタンを押して、意識を現実に引き戻す。

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