花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
***

一月の初め、ベリが丘総合病院・眼科診察室。

『名前を見て驚いたけど、本当にあんただったんだ』
そこにいたのは白衣の菊月先生だった。

『木花の幼なじみの職業に少しくらいは関心を持つべきだったな』
不快そうな表情を隠さない彼に私は思わず『失敗したな』と苦笑いでため息をついた。
それでも診察をしてもらわないわけにもいかない。
『まあ、俺は医者ですから。診察は平等にしますよ』
その日の検査結果は翌週教えてもらうことになった。

翌週の診察室で、難しい顔で検査結果を見ながら彼が言う。
『春海さんの目の状態は、正直かなり厄介です』
彼が言葉を選んでいるのがわかった。

『右目と左目で進行状況に差はありますが、放っておいたら数か月で確実に……視力を失います』
私は黙って聞いていた。

『点眼薬で多少は進行を遅らせることができますが、あくまでも遅らせるだけで治るわけではない。ただし、手術をすれば治る可能性があります』
『可能性、か』

『この病気は世界的にも症例が少ない。この二十年ほどで認知されて、アメリカやヨーロッパで十数例の報告があるだけです。私は向こうにいた時に二例だけ患者を見たことがあります』
どうやら日本人やアジア人での症例が無いようだった。
私の場合は母方の血に起因しているのかもしれない。

『手術をして治った例もあれば、視力を失った例もある。症例が少な過ぎて成功率のような数字を出すことができないというのが実情です』
『日本での症例が無いということは、当然日本での手術の実績も無いということですね』
私の答えのわかっている問いに、彼が頷く。

私はまたため息をついた。

『つくづく運に見放されているな、私も木花も』

< 140 / 173 >

この作品をシェア

pagetop