花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「だけどもう桜も描き飽きたようだし、元の彼に戻ってくれる頃かしらね」
私が手に取ろうとした急須を透子さんが取り上げる。
「学校の荷物、お部屋に置いていらっしゃい」
彼女の笑顔を見ていると大人と子どもの差を突きつけられるようで、感情がぐちゃぐちゃになってくる。
その日は結局、そのまま自室に籠って二人を見送ることもしなかった。

『完成したらちゃんと見せる』

どうして櫂李さんは、私に一番に絵を見せてくれなかったんだろう。


夕食の後、居間で膝をかかえてボーっと庭をながめていたら、彼も隣に座った。
「木花、元気が無いようだけど」
「そんなことないです」

彼が、否定する私の鼻をムニっと摘む。
「んー!」
「嘘は良くないと言ったはずだよ」
私は鼻を押さえて子どもっぽく口を尖らせる。

「絵……」
「ん?」
「絵が完成したら見せてくれるって言ったのに」
あの絵は二人が持って行ってしまったから、結局遠目に一瞬見ただけだった。
「それで拗ねているのか」
拗ねてるなんて言い方……その通りだけど。

「だって、約束したのに」
「そんな約束したかな」
またはぐらかす。

「嘘は良くないんじゃないですか?」
ツンツンした可愛くない口調で言ってしまう。

「なら、お詫びをするよ。機嫌を直してくれないか」
そう言って顎をクイッと上に向けられて甘い口づけをされると、私は簡単に(ほだ)されてしまう。

だけど、透子さんが言った言葉がずっと頭でぐるぐるしてる。

どうして私と結婚してくれたの? 哀れな私への同情なの?

櫻坂の絵が否定してくれるけど、自分への自信の無さが邪魔をする。

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