恋愛日和 〜市長と恋するベリが丘〜
「たまにはデート……なんかもしてみないと、婚約者っぽくなれないですから」
笑って言った。

「いいけど、どこに?」
「プランは私に任せてください。一日空けておいてくださいね」
胡桃はニコッと明るく笑うと廊下に立ち上がった。

「もう寝ますね。おやすみなさい」
そう言ってそそくさと部屋の中へ戻って行った。

引き戸を閉めて、「ふぅ」とため息をつく。
それから先ほどの壱世の唇の感触を思い出す。

(公園の時といい、壱世さんのキスってどういう意味のキスなんだろう)
困ったように眉をひそめる。

布団に潜りこんだ胡桃は耳が熱くなっていた。
(外国で暮らしてたから、日本育ちの私ほどキスに意味なんて無いのかな)
自分はあくまでも婚約者のフリをしているに過ぎず、どこかに本物の婚約者がいるという事実が胡桃を戸惑わせる。

(婚約者の人とは? 連絡取ってないの?)
モヤモヤとした感情が胸に絡みつく。

(明日の朝ごはんのこと考えよう。洋風だからパンでしょ? 卵はスクランブルエッグかな? オムレツもいいな。カリカリのベーコンもあったらいいな、ちょっと燻製っぽい感じのスモーキーな……)
と、考えてタバコの味のキスを思い出す。

(ああ、もうバカ! ……お腹が空くより眠れない)
胡桃は「はあっ」と深いため息をついた。

『なんとなくだけど胡桃には本音で話したい』

「……」

壱世の見せた本音は、キスよりも胡桃の心をキュッと締めつけた。
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