仙女の花嫁修行
9. 讙退治
蟠桃会が終わってすぐ、颯懔に呼び出された。明日から俊豪と一緒に私の故郷、肇海村へ行って讙を討伐して来るようにとの事だ。
讙は直接人を襲うことはあまりない。ただその鳴き声が問題で、讙の鳴き声は人を病を悪化させると言う。
新たな病を人にもたらす訳では無いけれど、もともとその人が持っている病の進行を早めたり悪化させたりするので、近くに住み着かれると厄介な怪だ。
村の人達が苦しんでいると思うと早く早くと急いてしまう。
朝一番に可馨の屋敷へ行き、金烏に掴まって俊豪と出発した。
颯懔と毎日顔を合わせなければならないのは辛いと思っていたので、今回の事は丁度良かったかもしれない。心の整理をつけよう。
昨日話があるとやって来た時、颯懔の口から可馨との事や婚約破棄の話をされるのが辛くて、自分から申し出てしまった。
そのうちに可馨が颯懔の屋敷で住むかもしれない。もしくはその逆か。
そうなる前に仙籍に入れてもらってひとり立ちしたい。2人が仲睦まじく暮しているのをみたら、きっと心がどす黒くなる。
その為には修行!一にも二にも修行だ!!
「明明、あの村で間違いないか?」
隣の脚に掴まっていた俊豪が、遠くに見える村を指さしている。
「そう! あそこ。なつかしーい!!」
村のすぐ近くに降ろしてもらって、金烏の口に飛び切り上等な仙薬を投げ入れた。金烏は労力に見合わない報酬だと攻撃してくる。しかも以降は絶対に運んでくれなくなるらしいので、報酬をケチってはいけない。
「まずは村の人達に挨拶してくるか?」
「うん、そうする」
記憶を頼りに自分の家があった方へと歩いて行くと、途中で男性に声を掛けられた。
「まさか……姉ちゃん?!」
くたびれた服に身を包んだ30代くらいの男は、驚きで目を丸くしている。私の事を姉ちゃんと呼ぶ男性はこの世にただ一人。
「えっ、泰然? うそぉ、あんなに小さかったのに、立派な大人の男になっちゃって」
「やっぱり姉ちゃんだったのか。仙人って歳を取らないとか年齢を自在を変えられるとかって聞いたけど、本当なんだな」
「うん、私はまだ歳を変えるところまでは出来ないけどね」
「えーと、それでそちらの御方は? 前に村を救ってくれた仙人様とは違う人の様だけど」
私の隣りにいた俊豪に泰然が軽く会釈をすると、無愛想に会釈を返した。
「この人は道士の俊豪。ちょっと取っ付きにくいけど悪い人じゃないから」
「ははっ、姉ちゃん。それ本人の前で言うことじゃないって。相変わらずそうで安心した。それで今日はどうしたのさ、こんなところまで。まさかこちらの人と愛の逃避行とかじゃないよな?」
「んな゛っ……!!」
俊豪が赤くなってしまった。弟のからかいっぷりも相変わらずだ。
「やっだもー、泰然ったら。ちょっと任務を任されてさ。最近村で変わったことない?」
「変わったこと……ある。流行病とかじゃないけど病に伏せる人が多くて。働き手が減っててんてこ舞いさ。それに僕の娘が一昨日から風邪を引いたみたいなんだが、どんどん悪化してきてる。近頃じゃ死人も多くなってきたし、呪いにでもかけられてるんじゃないかって話をしてる」
やっぱり、と俊豪と顔を見合せた。
「急で悪いが来られるやつだけでいい。村人を集めてくれ」
「わ、分かりました」
泰然に頼んで集会所に村の人達を呼び集めてもらったが、思ったよりも人数が少ない。
久しぶりに会う家族との感動の再会、と言う雰囲気でもなく、ドヨンと重たい空気が流れている。
「ご覧の通り、動ける者はこれだけさ。年寄りは病が悪化してバタバタ死んじゃうし、そうでなくても元々弱っていた足腰が更に痛いって言って動けないんだ」
集まって来てくれた人達も疲労の色が濃い。動ける者だけで何とかやりくりしていくうちに、疲労がどんどんと蓄積されていっているのだろう。このままだと近いうちに全員倒れてしまう。
「讙と言う怪は知っているか」
「讙? 」
俊豪の問いに首を傾げた泰然の代わって私の父が答えた。髪の毛に白髪が混じり疲れもあってか随分と老け込んでしまった。あんなに大きかった背中が今は小さい。
「それなら聞いた事がある。一つ目に三又の尾を持つやつだろう? 小さい頃亡くなった婆さんが話してくれた」
「そいつだ。讙の鳴き声を聞くと病が進行する。普段聞き慣れない動物の鳴き声を聞かなかったか?」
「もしかしてあの、キュッキュッって鳴き声かな。狸の子供でも産まれたんじゃないかって思っていたけど、それにしては早すぎると思ってたんだ」
「私もその鳴き声なら聞いたよ」
「わしの所もだ」
鳴き声を聞いたと言う人が次々と現れた。これは讙が悪さをしているってことで間違いなさそうだ。
「みんな安心して。私達が讙を倒してくるから」
「倒すってお前、怪だろう? 危ないんじゃ……」
「そう心配する必要はない。讙自身はそこまで強い怪ではないからな」
「俊豪の言う通り。それに私だって20年修行を積んできたんだもん。ちょチョイのちょいだよ!」
不安げな顔をする家族に笑ってみせると、父が俊豪に頭を下げた。
「この子は少々無茶をする所がありますので、俊豪様、どうぞ娘をよろしくお願いします」
「ちょっとお父さん。私じゃ頼りないって言うの?」
「明明はまだ道士とはいえ一通りの術を使えます。あなた方とは違いますので心配無用です」
「そ……そうですよね」
そんなにツンケンした言い方をしなくても良いのに。俊豪の上から目線な態度はなかなかなおらない。
集会所から出て早速、村の裏にある山の方へと向かった。すっかり暗くなって空には星が浮かんでいるけれど、家には泊まらない。怪は夜の方が活発になるのでこのまま山に入って身を潜め、待ち伏せした方がいいと言う俊豪の作戦にのったからだ。
その日は鳴き声も姿も見ることなく終え朝を迎えた。