花と共に、あなたの隣で。
17.悲しみの涙と花束
「そう言えば、これ」
「……ん?」
佐藤先生が入院して1か月。カレンダーは4月になっていた。
学校は新年度が始まり、私は無事2年生に進級できた。所属は2年A組らしい。だけど体力が落ちて歩く際に杖が必要になった私。毎日通うことが現実的に不可能となってしまったため、大人しく学校を休学していた。
一方の佐藤先生。こちらは当然失われた記憶が戻って来ていない。自分が教師だったという事実すら覚えていないため、学校は佐藤先生を休職扱いにしたらしい。学校の関係者とやり取りをした、ナベからの情報だ。
私、佐藤先生のこと何も知らなかったけれど。
ご両親は既に他界しており、先生自身は一人っ子らしい。
身内に頼れる人が居ない先生。何をするにも壁があるんだと、ナベは非常に頭を悩ませていた。
先生と一緒に死ぬと決めていたのに、あまりにも先生のことを知らなくて。ナベから聞く先生の話に、驚かされることが非常に多かった。
「……みきさん、これは?」
“先生じゃないから先生と呼ばないで”
そう言った先生————みきさんの意思を汲んで、最近は名前で呼んでいる。
「……それ、“森野未来様”って書かれた手紙。これを俺が書いた記憶は無いけど、どう見ても俺の字だし。何より、ちゃんと未来に渡さなければいけないと思った」
私の手に収まる1通の手紙。
桜の花びらがデザインされた淡いピンク色の封筒をみきさんに渡されたのだった。
お世辞にも綺麗とは言えない文字。だけど、書かれた私の名前から伝わってくる一生懸命さが、“これが何なのか”を伝えてくれているような気がした。
「……実は、私も」
「え?」
ポケットにずっと入れていた手紙を取り出し、みきさんに渡す。
“佐藤未来様”
この手紙自体は、みきさんの病状が悪化する前に書いたものだ。
いつ渡そうか、ずっと悩んでいた。今のみきさんにはこれまでの記憶が無いから、渡してもどうしようもないとも少し考えていた。それでも、今このタイミングで渡せたことに喜びを感じる。渡せないよりは、渡した方が良い。
一方、受け取ってくれたみきさんは不思議そうに首を傾げていた。
「……今、読んでも良いの?」
「駄目です。できれば私が死んだ後に読んで下さい」
「え、未来は死なないよ」
「……」
「死ぬのは、俺だけで十分」
とはいえ——……そう言って手紙をポケットにしまう みきさん。「俺がいよいよヤバそうになったら読むわ」と呟きながら微笑んでいた。
同じく私の手元にある、みきさんから受け取った手紙。
私も今読みたい衝動に駆られるのを抑えて、同じようにポケットにしまいこんだ。
みきさんも歩行の際は杖を使っていた。
お互いに「本当に歩けなくなる日が来るまで、車椅子には絶対乗らない」と強気な宣言をしている。別に打ち合わせた訳ではないけれど、2人がそれぞれの診察で同じことを言ったみたいで。それをナベは苦笑いしながら教えてくれた。