ダヴィデには悪女がわからない
 ダヴィデの父、カプア伯爵が不肖の息子のために、縁談をまとめてきた。
 世にいう、政略結婚というものだろう。

「お前は、放っておくといつまでもやれ学問だやれ事業だとふらふらして、まったく色恋に興味関心を示さない。もう二十六歳か。ここまで誰もいないということは、もう、誰でもいいってことだろう?」

 執務室に呼び出され、自分の三十年後はこうであろうという姿の、銀髪で口ひげをたくわえた父に不穏な前触れとともに切り出されたダヴィデは、眉をひそめて言い返した。

「暴論もいいところですね。興味が無いのは、無いだけなんです。つまり無い」

「つまり、誰でもいい」

「それはもう、結論ありきじゃないですか」

「その通りだ。相手はもう決まっている。今から代えることはできない。私の学生時代からの知り合いの娘なんだが、どうにもひどい縁談ばかり持ち込まれて困っているらしい。お前なら、他よりはいくらかマシそうだからどうにかならんかと相談された」

「消去法で選ばれた……?」

 手掛けている事業が好調でありその将来性を見込まれたとか、どこかで見初められたというロマンスのひとつもなく「マシそうだから」がその理由とは。
 ダヴィデは、腑に落ちないものを感じつつ父親に問い質した。

「それで、相手の方はどうなんですか? 親同士で『誰でもいい』『他よりマシ』という適当きわまりない理由で決められた婚約について、なんと言っているのです?」

「何も。本人は『いいようにしてください』とぶん投げているらしい。ああ、つまり『貴族の娘として生まれたからには、覚悟はついています』とのことだ」

「覚悟」

 綺麗に言い換えられたが、その前に「ぶん投げている」という投げやりな発言があったことを、ダヴィデは聞き逃していない。

(それほど、婚活市場における俺の価値は、暴落しているのか?)

 さほど自分の外見に頓着していないダヴィデであるが、子どもの頃は「紅顔の美少年」などと言われていたものだ。今も、事業の関係でひとと顔を合わせる機会が多く、身だしなみには気を付けている。
 仕事で力を注いでいるのは、王都における飲食業の多店舗展開。すでに、父の爵位や領地を継ぐよりも収入が見込めるほど、景気が良い。
 飛ぶ鳥を落とす勢いの、美青年独身貴族と世間では評判なんだがお前ときたら……と、つい最近も友人に遠い目をされたばかりだが「評判が悪いわけではないなら良い」と気にしてもいなかった。

(忙しすぎたのと、同業他社ややっかみからのハニートラップを警戒して、無闇と女性に近づかないようにしてきたのはあるが。望まれるのではなく「マシ」で選ばれるとは……)

 正直なところ「父は息子をなんだと思っているんだ、資産価値高いぞ?」と切なく思わなくもなかったが、同時に「決まってしまったなら、それもいいか」と思わないでもなかった。
 なにしろ、これまで女性を遠ざけてきた理由が「万が一にも産業スパイだったりすると面倒くさい」なのである。その心配がなくて、相手も納得しているなら、貴族に政略結婚はありがちだしまあいいだろうという雑な結論に至った。

「ところで、カプア家のメリットはなんですか? いま、店で取り扱うチーズやワインの新規開拓を考えてまして、そういった特産品のある領地のお嬢さんだと良いなって思うんですけど。他にもですね」

 これだけは確認しておこうと思ったそばから、長広舌をふるいかけたダヴィデを制し、カプア伯爵は机の上で指を組み合わせて顎を置き、重々しく答えた。

「友情。ちなみに茶の産地」

「んっ?」

「メリットは、学生時代からの変わらぬ友情だよ、困った友との助け合い。後妻やら妾やらえげつない縁談が持ち込まれているという友の娘に、うちの情緒が欠落した息子を押し付けることでこの先三十年も友情が続けば、これ以上のことはないだろう」

「俺への評価が低すぎませんか。おそらく父より稼いでいますよ、なかなかいないですよ、こんなできた息子」

「お前のことだ、稼いだ金の使い道は特に考えていないんだろう。父と母でしっかり使っておくから、引き続き仕事に励むように。ああ、とはいえ、これからは家庭を持つわけだからしっかり妻や子に使うべきだな。というか、使いたくなる。家族はいいぞ~」

 ほんの三行ほどのセリフの中に、家族と金銭にかかわる波乱万丈が概ね詰め込まれていたような気がしなくもなかったが、ダヴィデはひとまず黙殺した。
 話の腰を折っている場合ではないと、身を乗り出して尋ねる。

「相手のお嬢さんについて、教えていただけませんか? お茶の使い所は難しそうですが、これから考えるとして」

 * * *

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