叶わぬ彼との1年先の縁結び
ep.13 「料亭 月名」への来客
9月に入り、私は職場で給与計算の処理に追われていた。
それでも午前中に勤怠管理のチェックが順調に進んだおかげで、15時になった現在、終わりの目処が立ってきた。
(もしかすると、定時で帰れるかもしれない)
そう考えていたところに、事務所の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。料亭月名でございます」
ありがたい御予約のお電話であることを願いつつ受けると、
「あの、私、風間と申します。あの……月名紗雪さんはいらっしゃいますか?」
少し焦ったような、綺麗な声が受話器から聞こえてきた。
(風間……? まさか、もしかして……!?)
まさかの可能性に、胸が早鐘を打つのを感じていた。
「は、はい。私ですが」
なるべく落ち着いた声を出そうとしたが、手が震えてしまう。
「突然ごめんなさい。私は風間穂乃花と言います。お家はホテル・シーズナルウィンドを経営していて、不審な者ではないわ。安心してほしいの」
(やっぱり、穂乃花さん……!)
雅之さんにではなく、私に……? 一体どんな用件で……?
色んな考えが頭をよぎったが、穂乃花さんの話し声からは緊張と共に、どこか朗らかさを感じていた。
「どうしてもあなたとお話がしたくて、お店に電話を掛けてしまったの」
電話口からは本当に申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「いえ、大丈夫です」
「あの、紗雪さん……? 私のこと、ご存知だったりする? もしかして、雅之から何か聞いていたりなんてしないわよね……?」
こうやって問いかけてくる口調も決して高圧的なものではなかった。
ただ、もし私が雅之さんと穂乃花さんの事を何も知らない状態だったら、きっと心臓が止まりそうになるほど驚いていたかもしれない。
それに、「雅之」と呼ぶ声からは、もう繰り返しそう呼びかけたであろう親愛の積み重ねを感じた。
私が現在でも「雅之さん」とたどたどしく呼ぶのとは大違いだった。
「はい、存じております。……三雲さんから伺っています」
少し淡々とした伝え方になってしまったかもしれない。でも、もし1度でも感情を出してしまったら、この溢れそうになる想いを抑えられそうになかったから……
「そうだったのね……」
穂乃花さんからは驚いたような、少し感極まったような声が聞こえた。そして、少しの嬉しさが含まれていることも伝わってきた。
「あの、紗雪さん。あなたと直接会ってお話がしたいの。たとえば私が料亭を予約するから、そこでお話することは難しいかしら……?」
決意を込めているのがわかる声で、穂乃花さんはそう提案してきた。
私はそれを受けたかった。けれど、お店の規則でそれは従業員にもお客様にも禁止されているので、
「それは……従業員がお食事中のお客様のお相手に会話をすることはしておりませんので」
お店のご案内や、料理のご説明、ご質問へのお答え、ご感想を頂くことなど以外で、お食事中のお客様と会話することは行われていない事を説明した。
なので別の場所で会うことを提案しようとすると、
「じゃあ、私があなたをご招待する形でお願い出来ないかしら?」
ぱあっと名案が浮かんだという表情が、ここからは見えなくてもわかるようだった。
それでも午前中に勤怠管理のチェックが順調に進んだおかげで、15時になった現在、終わりの目処が立ってきた。
(もしかすると、定時で帰れるかもしれない)
そう考えていたところに、事務所の電話が鳴った。
「お電話ありがとうございます。料亭月名でございます」
ありがたい御予約のお電話であることを願いつつ受けると、
「あの、私、風間と申します。あの……月名紗雪さんはいらっしゃいますか?」
少し焦ったような、綺麗な声が受話器から聞こえてきた。
(風間……? まさか、もしかして……!?)
まさかの可能性に、胸が早鐘を打つのを感じていた。
「は、はい。私ですが」
なるべく落ち着いた声を出そうとしたが、手が震えてしまう。
「突然ごめんなさい。私は風間穂乃花と言います。お家はホテル・シーズナルウィンドを経営していて、不審な者ではないわ。安心してほしいの」
(やっぱり、穂乃花さん……!)
雅之さんにではなく、私に……? 一体どんな用件で……?
色んな考えが頭をよぎったが、穂乃花さんの話し声からは緊張と共に、どこか朗らかさを感じていた。
「どうしてもあなたとお話がしたくて、お店に電話を掛けてしまったの」
電話口からは本当に申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
「いえ、大丈夫です」
「あの、紗雪さん……? 私のこと、ご存知だったりする? もしかして、雅之から何か聞いていたりなんてしないわよね……?」
こうやって問いかけてくる口調も決して高圧的なものではなかった。
ただ、もし私が雅之さんと穂乃花さんの事を何も知らない状態だったら、きっと心臓が止まりそうになるほど驚いていたかもしれない。
それに、「雅之」と呼ぶ声からは、もう繰り返しそう呼びかけたであろう親愛の積み重ねを感じた。
私が現在でも「雅之さん」とたどたどしく呼ぶのとは大違いだった。
「はい、存じております。……三雲さんから伺っています」
少し淡々とした伝え方になってしまったかもしれない。でも、もし1度でも感情を出してしまったら、この溢れそうになる想いを抑えられそうになかったから……
「そうだったのね……」
穂乃花さんからは驚いたような、少し感極まったような声が聞こえた。そして、少しの嬉しさが含まれていることも伝わってきた。
「あの、紗雪さん。あなたと直接会ってお話がしたいの。たとえば私が料亭を予約するから、そこでお話することは難しいかしら……?」
決意を込めているのがわかる声で、穂乃花さんはそう提案してきた。
私はそれを受けたかった。けれど、お店の規則でそれは従業員にもお客様にも禁止されているので、
「それは……従業員がお食事中のお客様のお相手に会話をすることはしておりませんので」
お店のご案内や、料理のご説明、ご質問へのお答え、ご感想を頂くことなど以外で、お食事中のお客様と会話することは行われていない事を説明した。
なので別の場所で会うことを提案しようとすると、
「じゃあ、私があなたをご招待する形でお願い出来ないかしら?」
ぱあっと名案が浮かんだという表情が、ここからは見えなくてもわかるようだった。