策士の優男はどうしても湯田中さんを落としたい

13

あの日から、祐はもう自分の感情を隠さなくなった。

もちろん、誰にでも優しくて人当たりの良い祐だけれど、瑠璃への態度は明らかに甘さを帯びていた。

「先輩、コーヒー淹れましたよ。ブラックでいいですよね?」

「……自分の分だけ淹れなさい」

「えー、先輩の分も作らないと俺の仕事終わった気がしないんで」

「意味わかんない」

瑠璃はそう言いながらも、結局そのコーヒーを受け取る。

周囲の社員たちは「中瀬くん、やっぱり面倒見いいね~」と微笑ましく見ているだけで、それ以上詮索する者はいなかった。祐は、そこも計算ずくだ。

「先輩、昨日ちゃんとご飯食べました?」

「……食べた」

「本当ですか?なんか先輩、最近痩せた気がするんですけど」

「余計なこと言わない」

「じゃあ、今日ご飯行きましょうよ。栄養あるやつ」

「行かない」

「先輩が奢ってくれるなら行かないです」

「行くわけないでしょ!」

祐は楽しそうに笑いながらデスクに戻っていく。

──本当に、この子は、何を考えてるのか……。

瑠璃は心の中でため息をつきつつ、同時に、自分の心が少しずつ祐に傾いていくのを必死で認めないようにしていた。

祐はその様子を見て、さらにニヤリと笑う。

「先輩、そうやって俺のこと避けてるつもりですけど、全然無駄ですからね」

瑠璃はムッとした顔で睨み返す。

「仕事中にくだらないこと言わない」

「くだらなくないです。俺にとって一番大事な話です」

祐の声は低く、甘い。

その声に、瑠璃の頬がほんのり赤くなるのを祐は見逃さなかった。

「ほら、また顔赤くしてる」

「してない!!」

「かわいい」

「うるさい!!」

しかし──そんな二人のやりとりは、職場ではまだ「先輩後輩」の枠をはみ出さずに保たれていた。

ただ、瑠璃は知っている。
祐が本気で迫ってきたとき、自分が抗いきれないかもしれないことを─
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