組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「京ちゃんが……他の女の人と二人きりとか……絶対ヤダってこと!」
芽生がぷぅっと頬を膨らませて見せると、京介が一瞬キョトンとした顔をして、「そうか……」と微笑んでくれた。京介のそんな表情に、芽生は心底ホッとする。
「じゃあ……佐山さんは殿様をここへ連れてきてくれて……飼育用品を設置し終えたらすぐに帰っちゃうって認識でいいかな?」
解熱鎮痛剤のお陰で随分楽にはなったけれど、熱のせいでぼんやりした思考回路のまま、懸命に考えた芽生が京介を見つめたら、京介が「ああ、佐山は、な?」と含みのある言い方をする。
「どういう、意味?」
京介との会話で、自分を一人にしないというのは、殿様が帰ってくるからだろうと解釈していた芽生は、京介の真意を測りかねて困惑した。
「ああ。実はもうちょっとしたらな――」
京介がそこまで言ったところでチャイムの音が鳴って、話が中断する。
どうやら誰か来たらしい。
(ブンブンかな?)
飼育用品を買って、殿様を動物病院へ連れに行ったにしては早すぎる気がしたけれど、京介がいつ佐山に連絡を取ったのか、芽生は知らない。案外結構早い段階で彼に頼みごとをしていたのかも知れないよね?
そう思った芽生の予想に反して、京介に伴われて芽生の前へ姿を現したのは、ブンブンとは別の人物だった。
***
「千崎、無理言ってすまねぇな」
「いや、《《私は》》構わないですよ。ところで神田さん、インフルなんでしょう? 大丈夫なんですか?」
向こうの方で、京介と彼の腹心・千崎雄二の声が聞こえてくる。寝室のドアは開け放たれたままだったけれど、玄関やリビングの方は死角になっていて見えない。だけど芽生は〝千崎〟という名前を聞いただけで、緊張にギュッと身体を縮こまらせた。
しかもてっきり京介に伴われて寝室へ来るとばかり思っていた千崎が、《《何故か一人で》》芽生の前へ姿を現したからたまらない。
考えてみれば、千崎に会うのは佐山文至をワオンモールで撒いて以来。あの時は京介が怒っていて、千崎と話をするどころではなかったけれど、相当心象が悪かったはずだ。
千崎は京介が芽生のせいで仕事をおろそかにすることをとても嫌う。ワオンモールの時もそうだったけれど、今回もその典型パターンではないか。
「あ、あの、千崎さん……ごめんなさい。私のせいで……京ちゃんのお仕事……」
それで、布団で半ばまで顔を隠して眉根を寄せて謝ったら、千崎に怪訝そうな顔をされる。
「体調が悪いのに、何を遠慮してるんです? 私の知る神田芽生さんはそんな気弱な女性じゃなかったはずですが……。ましてや貴女、カシラに伴侶として選ばれたんでしょう? もっと堂々としていなさい」
それは、確かに芽生を気遣う言葉だったけれど、妙に恐縮してしまうのは、芽生にとって目の前の男が〝お小言専属員〟の位置づけだからだ。
そんな芽生の警戒心を察したのだろうか。
いつもの調子でつらつらと言ってから、千崎がほんの少し表情を和らげる。そうして眼鏡のつるをほんの少し持ち上げてから、
「カシラは徹夜明けです。私もですが……まぁこんな風に葛西組から呼び出しが掛らない限り半日はオフって話になっていたんで、気にすることはありません。昼は過ぎてしまいましたが、私も百合香のことではかなりご迷惑をお掛けしましたしね、実はカシラのことを言えた義理ではないんですよ」
ふっとどこか陰のある笑みを向けられて、「すみません。それを先に言うべきでしたね」と頭を下げられた芽生は、まさか千崎からそんなことをされるだなんて思っていなかったからソワソワしてしまう。
でもそんな千崎の言葉の中に〝ゆりか〟という文言が入っていたのに気が付いた芽生は、そういえば何だかんだで愛用させてもらっている下着の購入先ランジェリーショップ『YURIKA』が放火されて、千崎がその後処理に追われていたと京介から聞かされていたのを思い出した。
「あ、あの……百合香さんは……」
軽い火傷を負っただけだという話だったけれど、千崎にとってその人は大切な女性だったはずだ。京介たちはそんな彼女のことを千崎の〝イロ〟と呼ぶけれど、芽生は、イロというのは恋人や奥様と同義だと思っている。「ああ、それなんですがね」
千崎が言葉を継ぐより先、
「初めまして……でいいよね?」
開けっ放しになっていた扉の向こうから、ショートカットの綺麗な女性が京介とともに入ってきて、びっくりさせられてしまう。
千崎や京介は付けていないのに、その人だけマスクをしているのは、恐らく京介たちから芽生のインフルエンザがうつらないよう気遣われ、大事にされているからに違いない。
右手に包帯が巻かれているのが痛々しいところから察するに、「百合香さん?」だと思った。
芽生がぷぅっと頬を膨らませて見せると、京介が一瞬キョトンとした顔をして、「そうか……」と微笑んでくれた。京介のそんな表情に、芽生は心底ホッとする。
「じゃあ……佐山さんは殿様をここへ連れてきてくれて……飼育用品を設置し終えたらすぐに帰っちゃうって認識でいいかな?」
解熱鎮痛剤のお陰で随分楽にはなったけれど、熱のせいでぼんやりした思考回路のまま、懸命に考えた芽生が京介を見つめたら、京介が「ああ、佐山は、な?」と含みのある言い方をする。
「どういう、意味?」
京介との会話で、自分を一人にしないというのは、殿様が帰ってくるからだろうと解釈していた芽生は、京介の真意を測りかねて困惑した。
「ああ。実はもうちょっとしたらな――」
京介がそこまで言ったところでチャイムの音が鳴って、話が中断する。
どうやら誰か来たらしい。
(ブンブンかな?)
飼育用品を買って、殿様を動物病院へ連れに行ったにしては早すぎる気がしたけれど、京介がいつ佐山に連絡を取ったのか、芽生は知らない。案外結構早い段階で彼に頼みごとをしていたのかも知れないよね?
そう思った芽生の予想に反して、京介に伴われて芽生の前へ姿を現したのは、ブンブンとは別の人物だった。
***
「千崎、無理言ってすまねぇな」
「いや、《《私は》》構わないですよ。ところで神田さん、インフルなんでしょう? 大丈夫なんですか?」
向こうの方で、京介と彼の腹心・千崎雄二の声が聞こえてくる。寝室のドアは開け放たれたままだったけれど、玄関やリビングの方は死角になっていて見えない。だけど芽生は〝千崎〟という名前を聞いただけで、緊張にギュッと身体を縮こまらせた。
しかもてっきり京介に伴われて寝室へ来るとばかり思っていた千崎が、《《何故か一人で》》芽生の前へ姿を現したからたまらない。
考えてみれば、千崎に会うのは佐山文至をワオンモールで撒いて以来。あの時は京介が怒っていて、千崎と話をするどころではなかったけれど、相当心象が悪かったはずだ。
千崎は京介が芽生のせいで仕事をおろそかにすることをとても嫌う。ワオンモールの時もそうだったけれど、今回もその典型パターンではないか。
「あ、あの、千崎さん……ごめんなさい。私のせいで……京ちゃんのお仕事……」
それで、布団で半ばまで顔を隠して眉根を寄せて謝ったら、千崎に怪訝そうな顔をされる。
「体調が悪いのに、何を遠慮してるんです? 私の知る神田芽生さんはそんな気弱な女性じゃなかったはずですが……。ましてや貴女、カシラに伴侶として選ばれたんでしょう? もっと堂々としていなさい」
それは、確かに芽生を気遣う言葉だったけれど、妙に恐縮してしまうのは、芽生にとって目の前の男が〝お小言専属員〟の位置づけだからだ。
そんな芽生の警戒心を察したのだろうか。
いつもの調子でつらつらと言ってから、千崎がほんの少し表情を和らげる。そうして眼鏡のつるをほんの少し持ち上げてから、
「カシラは徹夜明けです。私もですが……まぁこんな風に葛西組から呼び出しが掛らない限り半日はオフって話になっていたんで、気にすることはありません。昼は過ぎてしまいましたが、私も百合香のことではかなりご迷惑をお掛けしましたしね、実はカシラのことを言えた義理ではないんですよ」
ふっとどこか陰のある笑みを向けられて、「すみません。それを先に言うべきでしたね」と頭を下げられた芽生は、まさか千崎からそんなことをされるだなんて思っていなかったからソワソワしてしまう。
でもそんな千崎の言葉の中に〝ゆりか〟という文言が入っていたのに気が付いた芽生は、そういえば何だかんだで愛用させてもらっている下着の購入先ランジェリーショップ『YURIKA』が放火されて、千崎がその後処理に追われていたと京介から聞かされていたのを思い出した。
「あ、あの……百合香さんは……」
軽い火傷を負っただけだという話だったけれど、千崎にとってその人は大切な女性だったはずだ。京介たちはそんな彼女のことを千崎の〝イロ〟と呼ぶけれど、芽生は、イロというのは恋人や奥様と同義だと思っている。「ああ、それなんですがね」
千崎が言葉を継ぐより先、
「初めまして……でいいよね?」
開けっ放しになっていた扉の向こうから、ショートカットの綺麗な女性が京介とともに入ってきて、びっくりさせられてしまう。
千崎や京介は付けていないのに、その人だけマスクをしているのは、恐らく京介たちから芽生のインフルエンザがうつらないよう気遣われ、大事にされているからに違いない。
右手に包帯が巻かれているのが痛々しいところから察するに、「百合香さん?」だと思った。