組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
12.内緒の寄り道
「今日ね、前の職場のお給料日なの」
(そういや、今日は二十日か)
 チラリと自分のスマートフォンに視線を送りながら、「で?」と問い掛けた佐山である。
「銀行に振り込まれるから……ATMに行かないとお金が引き出せないの。だから……」
「ああ」
 なるほどな、と思った。
「けどわざわざ下ろさなくても小遣いぐらい――」
「京ちゃんにいつまでもおんぶにだっこはイヤなの! 出来ればいま持たされているお金も、使わせてもらった分も含めてきっちり返したいって思ってる」
 ルームミラー越し、後部シートから強い眼差しでこちらをじっと見詰めてくる芽生(めい)に、(ポヤッとしているように見えて案外しっかりしてるじゃねぇか)と思った佐山は、「で、俺にお願いって何だよ」と、答えなんて分かり切っているくせに問い掛けてしまって、「帰りにATM、寄りたい」と言われて(だよなぁー)と頭を抱えたくなった。
「俺、カシラから寄り道禁止って言われてんだけど」
「だから……そこをなんとか! ってお願いしてるんじゃない」
 そういうことは前もって伝えてくれていればいいものを、当日になって言うとか。実は結構策士なんじゃないかと思って芽生をジトッとした目で見詰めたら、悪びれもせず「ダメ?」と大きな目でじっと見返されて小首を傾げられた。
 ここで気まずげに視線を逸らされたら「別に給料日当日じゃなくてもいいだろ。カシラの許可取ってからな」と突っぱねることも出来たのだが、真っすぐに見詰め返されたうえ、「お願い、ブンブン」とそっと後部シートから顔を近付けられて肩口に触れられた佐山は、ヒッと飛び上がりそうになった。
 それじゃなくても組の中で変な噂を立てられていて弱っているのだ。これ以上スキャンダルになりそうなことは避けたい。

「金! 下ろしに寄るだけだぞ?」
 自由になる金が出来たから買い物に付き合って欲しいとか、そういうのは無しだ、と言外に含ませたら「えぇっ」と瞳を見開かれた。やはり、金を下ろしたらその足で買い物を、とか考えていたんだと思ったら盛大に吐息が漏れた。
「ンなことしたら俺がカシラに殺されちまうわ」
 芽生の持っている携帯電話のGPSが、京介(カシラ)によってモニタリングされていることは本人だって知っているだろうに、マジで勘弁して欲しい。
 もちろん、いつもの行き帰りのルートを外れてATMに寄っているところをカシラに見咎(みとが)められないという保証だってないけれど、それでも抱えるリスクは最小限に食い止めたいのだ。
「ブンブンが京ちゃんから酷い目に遭わされるのはイヤだ」
 小さく吐息を落としながらも、芽生がATMに寄って金を引き出すだけで納得してくれたことに、佐山は安堵の吐息を落とした。


***


 芽生(めい)も一応に自分に気を遣ってくれているんだろう。長谷川社長に頼んで、今日は寄り道する時間を考慮して、一時間ほど早く上がらせてもらえるようお願いすると約束してくれた。
 帰宅時刻を見計らって京介から定時連絡があるのを知っているからだろう。
 ATMに寄るぐらいで一時間はオーバーだと思ったが、まぁ大事を取るに越したことはない。

 芽生が仕事へ戻ってから、暇つぶしのため毎朝事務所から持ち出させてもらっている地方紙を広げた佐山は、経済面の片隅に『さかえグループ』社長・田畑(たばた)栄蔵(えいぞう)の容体が(かんば)しくないと載っているのを見つけた。
 さかえグループは国内で三本の指に入る大企業だが、本社が東京でなく栄蔵の出身地だというこの辺りにあることで、地元への貢献度とともに市民からの好感度・興味関心ともに高い会社である。
 実際、そんなに経済に精通していない佐山もそれとなく色々情報を知っているくらいだ。
 何十年も前に当時副社長だった現社長・栄蔵の息子・栄一郎(えいいちろう)が突然死を遂げたこともセンセーショナルに騒がれたのを覚えている。
 結局結婚もしておらず、跡取りを残していなかった息子に代わり、今に至るまでずっと栄蔵がワンマンで会社を引っ張ってきたはずだが、その男が死にかけているとは。
(何か荒れそうだな)
 ふとそんなことを思いながら、そう言えばうちの(あね)さん(候補)に付き纏っていた細波(さざなみ)とかいう男もさかえグループの人間だったなと思い出した佐山だ。
 社長と血縁とか言ってた割に、こんな一大事に女の(ケツ)を追い掛けてるとかバカなのか? と思って。もしあの男しか後継者になれないとしたらさかえグループも終わりかなと我知らず吐息を落とす。
 直接的に相良(うちの)組やその上の一次団体(葛西組)に影響があるとは思えないが、あれだけの企業だ。なにかあればどんな余波があるか分からない。

 そんなこと、下っ端の自分にだって分かるというのに――。
「マジで細波(さざなみ)ってヤローはクソだな」
 佐山は、誰にともなくつぶやいていた。
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