組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「京ちゃっ、待っ……」
 しかも掴まれているのが〝手のひら〟ではなく〝手首〟というのも、『逃がすつもりはない』と告げられているようで、なんだかすごくイヤだった。もちろん逃げるつもりなんてなかったけれど、気持ちの問題だ。
 芽生(めい)が速度を緩めて欲しいと懸命に抗議しても、京介は芽生の方を振り返ってくれさえしない。
 芽生はマンションに飾ろうと思って入手したガラス製の小さなクリスマスツリーと、それから下ろしたての現金が入った鞄を落っことさないようギュッと強く握りながら、京介のあとを追う。

 サービスカウンターに、京介のために買ったネクタイ(プレゼント)が預けっぱなしになってしまうのが気になったけれど、今はそれをどうこう言えそうな雰囲気ではなかった。



***


 車の中でもずっと口をきいてくれなかった京介に、泣きそうになりながらマンションへ戻ってきた芽生(めい)である。

 久々に乗った京介御用達(ごようたし)の高級(セダン)を運転していたのは、顔見知りの石矢(いしや)恭司(きょうじ)だった。声を掛けたかったけれど、車内のピリピリした空気の中「お久しぶりです」なんて言えるはずもなく、一言も交わさないままに車を降りた。そのことにモヤモヤした芽生だったけれど、車内でもずっと手首を放してくれなかった京介に配慮して我慢したのだ。

「芽生、コンシェルジュに連行されてるみてぇに見られたくなかったら、俺の前をしっかり歩け」
 マンションのエントランスへ入る直前、京介から冷たく言い放たれて、やっとのこと手首を解放された芽生は、「逃げようなんて思うなよ?」と付け加えられて、思わず京介を涙目で睨んだ。
「なんで私が逃げると思うの!?」
 京介からそんなふうに思われていることが悔しいし、なにより悲しい。
 芽生の訴えに、京介は自嘲気味に鼻で笑うと、「まぁ逃げたら《《佐山に迷惑が掛かる》》もんな?」と返してきて……それがさらに芽生の心を深く(えぐ)った。
「何でそんなこと言うの? 京ちゃんの、バカ!」
 手荷物を持つ手にギュッと力を込めると、芽生は京介の返事を待たずに自動ドアを(くぐ)り抜ける。
「お帰りなさいませ、神田(かんだ)さま、相良(さがら)さま」
 途端、コンシェルジュの女性に礼儀正しく頭を下げられて、芽生はモヤモヤとした気持ちのままマンション内へ足を踏み入れたことを後悔した。
「た、ただいま戻りました……」
 声に、グチャグチャにかき乱された気持ちが滲まないよう気を付けながら会釈(えしゃく)をすると、そんな芽生のすぐ後ろを京介がなにも言わずに早く行けとばかりにせっついてくる。
「な、んで……」
 いつもならスルー出来たかもしれない。でも心がささくれだった今は無理だった。
「なんで京ちゃんはコンシェルジュさんに『ただいま』を言わないの? そういうのは人として駄目だと思う!」
 これはある種の八つ当たりだと自分でも分かっている。何故なら京介が、言葉にこそ出さずとも彼女らに対して目配せで(ねぎら)うさまを見せたり、軽くうなずくことを欠かさないと知っていたからだ。
 だけど芽生の理不尽な抗議にでさえ、京介は何も言ってくれない。
(いつもなら揶揄(からか)うみたいに笑ってくれるのに)
 そう思うと、芽生はものすごく悲しくなった。

 京介と一緒の時はエレベーターへカードキーを(かざ)すのは彼の役目だったけれど、今は芽生の方が先んじて歩いている絡みで、なんとなく芽生がその役割を果たさないといけない気がして。
(鍵……)
 腕に買い物してきたモノを引っ掛けたまま鞄の中をゴソゴソやっていたら、背後からヌッと伸びてきた京介の腕がセンサーへキーを当てて、エレベーターを作動させてしまう。
 いつも通りの行動なのに、それさえ『お前に頼るつもりはない』と線引きされているみたいに感じられて、芽生は居た堪れない気持ちになった。きっと、そんな他意はないだろう。そう頭では分かっていても、心が理解してくれないのだ。


***


 エレベーターの中でもずっと無言のままだった京介とともにトボトボとした足取りでマンションの玄関を(くぐ)った芽生(めい)は、靴を脱いで玄関先にそろえたと同時、「本当(ホント)ムカつく……」と背後の京介に吐き捨てられて、ビクッと身体を跳ねさせた。
「京、……ちゃん?」
 芽生が恐る恐るそんな京介を見上げたら「なんで言いつけを守らなかった?」と冷ややかな目で見下ろされる。
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