組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「あ、あの……私、今日、お給料日で……それで」
 現金が下ろしたかったのだと言ったら盛大に溜め息を落とされた。
「金なら俺が渡してやってんだろ」
「それがイヤだったんだもん!」
 不機嫌な京介は怖いけれど、芽生(めい)にだって言い分はある。
 荷物を持つ手に力を込めて、鞄の中から財布を取りだした芽生は、中から五万円掴むと、「これ、京ちゃんに返す!」と彼の前に《《預かっていた》》現金を差し出した。
 月の頭に京介から渡された五万円は、もちろん少し使ってしまっていたけれど、それを下ろしたばかりの給料で補填(ほてん)したのだ。
「それは俺がお前に《《やった》》モンだろぉーが」
 不機嫌そうに、突き出された金を受け取ろうとしない京介の手をギュッと握って、芽生はお札を押し付ける。
「私、家も食べ物も光熱費も……お小遣いでさえ京ちゃんに負んぶに抱っこなのよ!?」
「俺が構わねぇって()ってんだから気にするこたねぇだろ」
「気にするよ! だってそれじゃまるで《《子供みたい》》だもん! 私、ちゃんと自分で稼げる大人だよ? 京ちゃんにいつまでもお子様扱いされるの、ヤダ!」
 芽生はもうじき二十三なのだ。それは一般的には大人の女性として扱われる年齢だし、実際《《京介以外からは》》そうされている。
「ことあるごとに京ちゃんが私のことを娘みたいに扱うのもイヤ! 改めて欲しい!」
 幼い頃からの付き合いだから、いつまでも保護者気分が抜けないのは仕方ないのかもしれない。でも、芽生はそんな現状を打破したいのだ。
「だから私、ブンブンに無理言ってお金、下ろしに連れて行ってもらったの! もちろんブンブンは反対したし、カムカム(ファミレス)近くのATMだって危険だからって却下された」
 それで佐山(ブンブン)を説得してショッピングモールへ行ってもらったのだと付け加えたら、京介が忌々し気にガシガシ頭を掻いて、(こら)え切れないみたいに胸の内ポケットから煙草を取り出して(くわ)えた。身に纏っている香りで京介が喫煙者なのは知っていたけれど、今まで芽生の前で吸うことなんてなかったから。彼が初めて自分の前で煙草に火をつけたことに、芽生は戸惑ってしまう。

「さっきから黙って聞いてりゃ、ブンブンブンブン(うるせぇ)ーんだよ」
「……え?」
 煙と一緒にを吐き出された京介の言葉の真意が分からなくて、芽生は落ち着かない気持ちで彼を見上げた。
「アイツの名前は佐山だろ。なに親し気にあだ名で呼んでやがる」
 万札を差し出したままの手首を京介にグッと掴まれて、ハラハラと紙幣が床に舞い落ちる。それを視界の端に捉えながら、芽生は京介を見詰めることしか出来ない。
「そういう不用意な言動のせいで、組ン中でお前ら二人がなんて呼ばれてんのか知ってんのか? あ?」
 掴まれたままの手首に力が込められて、痛みに思わず眉根を寄せたら、すぐさま手の力が緩められた。それでも(とが)めるような視線だけはそのままだったから、芽生は京介から視線を外せない。

 正直、京介の組の中で自分たちがどう噂されているのかなんて芽生は知らない。知らないけれど、《《あだ名で呼び合う》》仲なのがいけないのだとしたら――。
「……ブンブンは私のこと、〝神田(かんだ)さん〟って呼んでる! あだ名でなんて呼ばれてないよ?」
 芽生と呼んでくれてもいいと言っても、(かたく)なに一線ひこうとする佐山のことを思い出しながら恐る恐るそう言い訳したら、「んなの当たり(めぇ)だろーが!」と一喝(いっかつ)されて、答えを間違えたのだと分かった。
「そもそも何で金を下ろしに行っただけなのに佐山をまいた?」
「それは……」
 『《《京ちゃんに》》クリスマスプレゼントを買いたかったから』だなんて言えるわけない。
「いつもお世話になってる人にプレゼントを買いたくて、それで……」
「わざわざ佐山をまいたってこたぁアイツ用か」
 ぼそりと落とされた言葉に〝違う〟と言おうとした芽生だったのだけれど――。
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