組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
「芽生、ちょっと出てこなきゃなんなくなった」
上着を羽織りながら京介が石矢に目配せをする。石矢は京介の視線を受けるなり、飲み掛けのココアを「すみません」とテーブルに置いた。石矢は猫舌ではないんだろう。芽生が半分も飲めていないのに、カップには三分の一くらいしか残っていなかった。
「京ちゃん、コーヒー」
邪魔になるかも? と思いながらも、芽生は保温ボトルにコーヒーを入れて京介に差し出す。
「おう、悪ぃーな」
京介はイヤな顔一つせずそれを受け取ってくれると、逆に申し訳なさそうな顔をして芽生の髪の毛をワシャワシャとかき回した。
「子猫の通院とかグッズ選びとか……俺が帰って来たらすぐ行こうな? もし無理そうなら……」
衣装ケースの方を見ながらそこまで言って、一瞬だけ言葉を止めると「佐山を来させる」と京介が付け加えてくる。
「えっ? でも……」
てっきり千崎あたりに白羽の矢が立つと思っていた芽生は、驚いて京介を見つめた。
「なるべく早く帰るつもりじゃいるが、ちぃーとばかりバタつきそうなんだ。もしかしたらすげぇ遅くなるかも知んねぇ。店とか病院とか閉まったら面倒だろ?」
子猫は今よく眠っているけれど、どこか元気がないようにも見える。それを示唆して「佐山なら、お前も安心だろーが」と吐息まじりで付け加えた京介に、芽生は千崎を自分に付けるのも難しい状況なのかも? と察した。
「分かった。でも……」
「――?」
「落ち着いたらで構わないから連絡して?」
キュッと京介の手を掴んで下から見上げる芽生に、京介は一瞬だけ視線を逸らすと、それでも「分かった」と言ってくれた。
京介が普通の〝お仕事〟をしていないことは芽生だって知っている。自分相手じゃ、洗いざらい何もかも話すのは困難なことだってあるだろう。それでも京介が《《話せる範囲で》》芽生に連絡をくれると言ってくれたから、芽生はそれで満足することにしたのだ。
慌ただしく出ていく京介と石矢を玄関先まで見送って、芽生は廊下に一人佇んだまま、小さく吐息を落とさずにはいられない。
考えてみれば誘拐事件以来、家に一人ぼっちにされるのは初めてだと気が付いたからだ。
あの日同様、勝手な外出はしないよう京介から厳命されてしまった芽生は、ドアが閉ざされたと同時にしたオートロックの作動音に、何とも言えず切なくなって、眉根を寄せる。
京介は基本芽生に対しては物凄く過保護で心配性だ。静かな部屋で一人になると、京介に〝守られている〟のだとやたら実感させられて、自分の不甲斐なさにキュッと胸を締め付けられた。
京介を心配させないよう、彼の方から何らかのアクション――例えば佐山が派遣されてくるとか――がない限り、今日こそは家でおとなしく待っていよう、と心に誓う。そのぐらいしか出来ないのが何とも情けないけれど、それしか出来ないならそれをやるしかない。
リビングまで戻って扉を開けると、甘いココアと芳しいコーヒーの残り香に混ざって、なにやら《《生臭い》》においがする。
「殿様?」
ふと違和感に気が付いて子猫へ駆け寄ると、さっきまで大人しく眠っていたはずの殿様が、嘔吐と下痢で、タオルあちこち汚していた。
慌てて抱き上げた殿様はぐったりしていて、体温も何だか下がっている気がする。
芽生はオロオロしながら京介に電話を掛けたが、先に京介が宣言した通りバタバタしているんだろうか。一向に繋がる気配がない。
涙目になりながらスマートフォンで「動物病院」を検索したら、徒歩一〇分圏内にひとつあって、そこなら殿様を保温しながら抱えて、なんとか駆け付けられそうな気がした。
芽生は物凄く迷ったけれど、殿様をフリース素材のひざ掛けで包むと、ハンカチで包んだ使い捨てカイロを敷いた小箱へ入れて、空気穴を開けた蓋を軽く閉めてから手提げ袋の中へ入れた。箱と袋は、京介に買ってもらった品々が収納されていたものを使ったので、買ってもらったばかりの品物が床へばらまかれてしまったけれど、それに頓着していられる気分ではなかった。
芽生は震える手をなんとか鼓舞して携帯で京介に『殿様が下痢と嘔吐をしてぐったりしているので、動物病院へ行ってきます』とメッセージを打ち込んで送信してから、どこの動物病院を目指すのか書き忘れていたことに気が付いて、『みしょう動物病院』と行き先を添えた。
芽生が、カードキーとお金が入った鞄を引っ掴んで家を出たのは、京介たちが出掛けてからおよそ十五分後くらいのことだった。
上着を羽織りながら京介が石矢に目配せをする。石矢は京介の視線を受けるなり、飲み掛けのココアを「すみません」とテーブルに置いた。石矢は猫舌ではないんだろう。芽生が半分も飲めていないのに、カップには三分の一くらいしか残っていなかった。
「京ちゃん、コーヒー」
邪魔になるかも? と思いながらも、芽生は保温ボトルにコーヒーを入れて京介に差し出す。
「おう、悪ぃーな」
京介はイヤな顔一つせずそれを受け取ってくれると、逆に申し訳なさそうな顔をして芽生の髪の毛をワシャワシャとかき回した。
「子猫の通院とかグッズ選びとか……俺が帰って来たらすぐ行こうな? もし無理そうなら……」
衣装ケースの方を見ながらそこまで言って、一瞬だけ言葉を止めると「佐山を来させる」と京介が付け加えてくる。
「えっ? でも……」
てっきり千崎あたりに白羽の矢が立つと思っていた芽生は、驚いて京介を見つめた。
「なるべく早く帰るつもりじゃいるが、ちぃーとばかりバタつきそうなんだ。もしかしたらすげぇ遅くなるかも知んねぇ。店とか病院とか閉まったら面倒だろ?」
子猫は今よく眠っているけれど、どこか元気がないようにも見える。それを示唆して「佐山なら、お前も安心だろーが」と吐息まじりで付け加えた京介に、芽生は千崎を自分に付けるのも難しい状況なのかも? と察した。
「分かった。でも……」
「――?」
「落ち着いたらで構わないから連絡して?」
キュッと京介の手を掴んで下から見上げる芽生に、京介は一瞬だけ視線を逸らすと、それでも「分かった」と言ってくれた。
京介が普通の〝お仕事〟をしていないことは芽生だって知っている。自分相手じゃ、洗いざらい何もかも話すのは困難なことだってあるだろう。それでも京介が《《話せる範囲で》》芽生に連絡をくれると言ってくれたから、芽生はそれで満足することにしたのだ。
慌ただしく出ていく京介と石矢を玄関先まで見送って、芽生は廊下に一人佇んだまま、小さく吐息を落とさずにはいられない。
考えてみれば誘拐事件以来、家に一人ぼっちにされるのは初めてだと気が付いたからだ。
あの日同様、勝手な外出はしないよう京介から厳命されてしまった芽生は、ドアが閉ざされたと同時にしたオートロックの作動音に、何とも言えず切なくなって、眉根を寄せる。
京介は基本芽生に対しては物凄く過保護で心配性だ。静かな部屋で一人になると、京介に〝守られている〟のだとやたら実感させられて、自分の不甲斐なさにキュッと胸を締め付けられた。
京介を心配させないよう、彼の方から何らかのアクション――例えば佐山が派遣されてくるとか――がない限り、今日こそは家でおとなしく待っていよう、と心に誓う。そのぐらいしか出来ないのが何とも情けないけれど、それしか出来ないならそれをやるしかない。
リビングまで戻って扉を開けると、甘いココアと芳しいコーヒーの残り香に混ざって、なにやら《《生臭い》》においがする。
「殿様?」
ふと違和感に気が付いて子猫へ駆け寄ると、さっきまで大人しく眠っていたはずの殿様が、嘔吐と下痢で、タオルあちこち汚していた。
慌てて抱き上げた殿様はぐったりしていて、体温も何だか下がっている気がする。
芽生はオロオロしながら京介に電話を掛けたが、先に京介が宣言した通りバタバタしているんだろうか。一向に繋がる気配がない。
涙目になりながらスマートフォンで「動物病院」を検索したら、徒歩一〇分圏内にひとつあって、そこなら殿様を保温しながら抱えて、なんとか駆け付けられそうな気がした。
芽生は物凄く迷ったけれど、殿様をフリース素材のひざ掛けで包むと、ハンカチで包んだ使い捨てカイロを敷いた小箱へ入れて、空気穴を開けた蓋を軽く閉めてから手提げ袋の中へ入れた。箱と袋は、京介に買ってもらった品々が収納されていたものを使ったので、買ってもらったばかりの品物が床へばらまかれてしまったけれど、それに頓着していられる気分ではなかった。
芽生は震える手をなんとか鼓舞して携帯で京介に『殿様が下痢と嘔吐をしてぐったりしているので、動物病院へ行ってきます』とメッセージを打ち込んで送信してから、どこの動物病院を目指すのか書き忘れていたことに気が付いて、『みしょう動物病院』と行き先を添えた。
芽生が、カードキーとお金が入った鞄を引っ掴んで家を出たのは、京介たちが出掛けてからおよそ十五分後くらいのことだった。