組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
殿様が入った紙袋を労わるようにして膝に抱えて座った芽生は、本当はシートベルトしないといけないと分かっていて、あえてそうしなかった。
ルームミラー越しに細波がそんな芽生を観察しているのは見えていたけれど、お構いなしに助手席の後ろ側へ移動する。車が停まったらすぐ、ドアを開けて逃げるつもりだ。
「芽生ちゃん、婚姻届は僕ひとりで提出しても有効だからね?」
細波の口ぶりから、彼がそれを自分の手中に収めていることが、芽生の行動を制限する抑止力になると信じているのだと確信した芽生は、あえてショックを受けたふり。眉根を寄せて「うそ……」と呟いた。
そうしておいて次の瞬間、「細波さん、私、好きな人がいるんです! 私、その人以外とは結婚したくありません! 細波さんも私のことは何とも思っていないんでしょう? お願いだから考え直してください! さっき書いたの、返してください!」と身を乗り出してみせる。
殿様に被害があってはいけないので、その間だけは殿様が入った紙袋から手を離して足元に置き、両足で挟み込むようにしていた。
奪えないと分かっていて、芽生がわざと細波の懐に手を伸ばしたら、細波がグッとアクセルを踏み込んだうえでハンドルを右に左に大きく切った。そのせいで、中腰になっていた芽生はシートへ尻餅をついてしまう。
ギュッと両足に力を込めて殿様が入った紙袋が横倒しになるのだけは回避したけれど、そちらに意識を取られて窓ガラスに頬骨をしこたま打ち付けた。
「僕と心中するのが嫌なら変な気は起こさないことだ」
ルームミラー越しに冷ややかな視線を送ってくる細波に、芽生はじんじんと痛む頬をさすりながら涙目で細波を睨みつけた。
打ち付けたところはズキズキと痛んだけれど、これで少しは細波に、『神田芽生は婚姻届に固執している』と思い込ませることが出来ただろうか。
足元に置いた殿様の袋を膝の上に乗せてギュッと抱きしめ直したら、中から「ニィ」とか細い声が聞こえて、芽生は心の中で(ごめんね。もうちょっとだけ頑張って)と声を掛けた。
鞄の中の携帯は通話中ではなくなってしまっていたけれど、さっき隙をみて確認した着信履歴には『京ちゃん』と表示されていた。京介がホテルでの会話を彼が聴いてくれていたならば、絶対に何か手を打ってくれているはず。
芽生はその可能性へ賭けることにした。
***
市役所が見えてきたところで芽生はグッと手に力を込めた。
殿様に心の中で(もう少しだよ)と励ましの声を掛ける。
そんな芽生を嘲笑うように、細波が言うのだ。
「そう言えば言い忘れてたんだけどね、リアシートのドア、チャイルドロックがしてあるから。中からは開けられないよ?」
「えっ?」
その言葉に、芽生はルームミラー越しに細波を見詰めた。
「逃げられると思ってた? 残念だったね」
子供の転落防止のため、外からは開けられても中からは後部ドアが開けられないようにするのがチャイルドロックだと説明を加えて笑う細波に、芽生は我知らず殿様が入った紙袋を持つ手に力を込める。
「ホント芽生ちゃんって隠し事下手だよね」
市役所駐車場入り口ゲートで発券機から駐車券を抜き取りながら、細波が吐息を落とす。
「そんなあからさまに助手席側へ寄ったりしたら『私、車が停まり次第こちらから逃げようとしてます』って宣言してるみたいなもんだよ?」
そこで一旦言葉を切ると、細波が駐車スペースを探しながら付け加える。
「婚姻届より猫の方が大事?」
芽生の思惑なんてお見通しだと言わんばかりに問い掛けられて、芽生は返答に窮した。
「そんなに大切なら役所の中にいる間だけは猫、芽生ちゃんが持っていていいよ?」
予期せぬ言葉を紡ぐ細波に芽生がハッとしたら、「その代わり手、繋ごうね」と条件が付けられる。
「芽生ちゃんの手は二本だ。片側に猫、空いた方の手で僕と手を繋ぐから荷物は車へ置いて行く。いい?」
要するに、貴重品が入った鞄を質草に残せと言いたいらしい。
車を駐車するなり「それとも猫を置いて行く?」と芽生を試す細波に、芽生は「鞄を」と告げた。
(お金や携帯は諦めが付く。でもマンションの鍵だけはダメ。京ちゃんに迷惑が掛かっちゃう)
そう思って鍵を取り出そうとしたら、「ダメだよ。それ、今すぐこっちに頂戴? 中から何か取り出したりしたら、その時点で置いて行くのは猫に決定だよ?」
細波に先手を打たれてしまった。
ルームミラー越しに細波がそんな芽生を観察しているのは見えていたけれど、お構いなしに助手席の後ろ側へ移動する。車が停まったらすぐ、ドアを開けて逃げるつもりだ。
「芽生ちゃん、婚姻届は僕ひとりで提出しても有効だからね?」
細波の口ぶりから、彼がそれを自分の手中に収めていることが、芽生の行動を制限する抑止力になると信じているのだと確信した芽生は、あえてショックを受けたふり。眉根を寄せて「うそ……」と呟いた。
そうしておいて次の瞬間、「細波さん、私、好きな人がいるんです! 私、その人以外とは結婚したくありません! 細波さんも私のことは何とも思っていないんでしょう? お願いだから考え直してください! さっき書いたの、返してください!」と身を乗り出してみせる。
殿様に被害があってはいけないので、その間だけは殿様が入った紙袋から手を離して足元に置き、両足で挟み込むようにしていた。
奪えないと分かっていて、芽生がわざと細波の懐に手を伸ばしたら、細波がグッとアクセルを踏み込んだうえでハンドルを右に左に大きく切った。そのせいで、中腰になっていた芽生はシートへ尻餅をついてしまう。
ギュッと両足に力を込めて殿様が入った紙袋が横倒しになるのだけは回避したけれど、そちらに意識を取られて窓ガラスに頬骨をしこたま打ち付けた。
「僕と心中するのが嫌なら変な気は起こさないことだ」
ルームミラー越しに冷ややかな視線を送ってくる細波に、芽生はじんじんと痛む頬をさすりながら涙目で細波を睨みつけた。
打ち付けたところはズキズキと痛んだけれど、これで少しは細波に、『神田芽生は婚姻届に固執している』と思い込ませることが出来ただろうか。
足元に置いた殿様の袋を膝の上に乗せてギュッと抱きしめ直したら、中から「ニィ」とか細い声が聞こえて、芽生は心の中で(ごめんね。もうちょっとだけ頑張って)と声を掛けた。
鞄の中の携帯は通話中ではなくなってしまっていたけれど、さっき隙をみて確認した着信履歴には『京ちゃん』と表示されていた。京介がホテルでの会話を彼が聴いてくれていたならば、絶対に何か手を打ってくれているはず。
芽生はその可能性へ賭けることにした。
***
市役所が見えてきたところで芽生はグッと手に力を込めた。
殿様に心の中で(もう少しだよ)と励ましの声を掛ける。
そんな芽生を嘲笑うように、細波が言うのだ。
「そう言えば言い忘れてたんだけどね、リアシートのドア、チャイルドロックがしてあるから。中からは開けられないよ?」
「えっ?」
その言葉に、芽生はルームミラー越しに細波を見詰めた。
「逃げられると思ってた? 残念だったね」
子供の転落防止のため、外からは開けられても中からは後部ドアが開けられないようにするのがチャイルドロックだと説明を加えて笑う細波に、芽生は我知らず殿様が入った紙袋を持つ手に力を込める。
「ホント芽生ちゃんって隠し事下手だよね」
市役所駐車場入り口ゲートで発券機から駐車券を抜き取りながら、細波が吐息を落とす。
「そんなあからさまに助手席側へ寄ったりしたら『私、車が停まり次第こちらから逃げようとしてます』って宣言してるみたいなもんだよ?」
そこで一旦言葉を切ると、細波が駐車スペースを探しながら付け加える。
「婚姻届より猫の方が大事?」
芽生の思惑なんてお見通しだと言わんばかりに問い掛けられて、芽生は返答に窮した。
「そんなに大切なら役所の中にいる間だけは猫、芽生ちゃんが持っていていいよ?」
予期せぬ言葉を紡ぐ細波に芽生がハッとしたら、「その代わり手、繋ごうね」と条件が付けられる。
「芽生ちゃんの手は二本だ。片側に猫、空いた方の手で僕と手を繋ぐから荷物は車へ置いて行く。いい?」
要するに、貴重品が入った鞄を質草に残せと言いたいらしい。
車を駐車するなり「それとも猫を置いて行く?」と芽生を試す細波に、芽生は「鞄を」と告げた。
(お金や携帯は諦めが付く。でもマンションの鍵だけはダメ。京ちゃんに迷惑が掛かっちゃう)
そう思って鍵を取り出そうとしたら、「ダメだよ。それ、今すぐこっちに頂戴? 中から何か取り出したりしたら、その時点で置いて行くのは猫に決定だよ?」
細波に先手を打たれてしまった。