組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
 さかえグループ本社がある地元より、奈央子と沙奈が住む町はさかえグループに関する情報が入りづらい。
 それでも全国ニュースの端っこの方で紹介される程度には全国的に影響のある会社での一大事だったのだ。
 沙奈はそのニュースを見るなり、「彼は殺されたに違いない」と泣き叫んで、半狂乱になってしまったのだという。

「お腹の子に(さわ)るから、と言っても駄目でした」
 壊れていく娘の腹の中で、中絶の時期を逸してどんどん育っていく胎児。

 そんな折だったのだという。
 奈央子自身が交通事故に遭い、身体を不自由にしてしまったのは――。

 娘と二人で暮らしていくには十分すぎるほどの多額のお金を渡されて田畑家(たばたけ)を追われていたから、奈央子が働けなくなったからと言って今すぐ困ることはなかった。
 だが、居眠り運転のトラックに()ねられて、意識不明のまま一カ月近くを過ごしたのち、辛うじて目覚めたものの右半身に障害が遺ってしまった自分では、精神薄弱状態の娘とその腹の子を見ることまでは不可能に思えた。

 長い入院生活の中、家に残してきた沙奈のことが気になって堪らなかったけれど、栄一郎が他界してしまった現状では、頼れる人間のあてがない。

 相手がある事故だったため、そちらからの保険金も入り、栄蔵(えいぞう)から渡された金も含めて金銭的な面にこそ困らなかったのだが、娘と腹の子のことを、誰に頼めばいいのか分からない。

 沙奈自身も母親の奈央子が事故に遭い、入院していることを知っているのかいないのか。何の音沙汰もなくて……こちらから電話を掛けてみても一切通じなかった。
 そのうち電話自体の電源が切れたのか、無情なアナウンスが流れるようになってしまう。
 一刻の猶予(ゆうよ)もないと追い詰められた奈央子は、怪我が治り切っていないのに病院を抜け出すと、沙奈と暮らしていた家を目指した。
 だが、久々に帰った家はもぬけの殻で、沙奈はどんなに探しても見つけることが出来なかった。


***


「それで……沙奈(さな)さんは」
 話しの流れから、恐らくそれが自分の母の名だと薄々分かっていた芽生(めい)だったけれど、実感が湧かないので〝お母さん〟と呼ぶことは出来なかった。
 芽生の言葉に栄蔵(えいぞう)が吐息を落としたのを見て、良くない話なのだと悟った芽生は、グッと拳を握り込む。
 そんな芽生の(かたわ)らにいつの間にか京介がいて、我知らず白くなるほど握りしめていた芽生の手をそっと包み込んでくれる。京介の温かくて大きな手の感触に、芽生はふっと肩の力を抜いた。


***


沙奈(さな)さんは……栄一郎(えいいちろう)と同じ川で」
 栄一郎が亡くなったのは奈央子(なおこ)と沙奈が住んでいた、県外の小規模な工業都市を流れる川のダム湖の近くで、いま芽生たちが住んでいる自治体からは車で二時間以上掛かる場所だった。
 栄一郎はダム湖に程近いところで、沙奈はそこよりは幾分下流の渓谷(けいこく)で、変わり果てた姿で発見されたらしい。

 司法解剖の結果、身体のどこにも争った様子が見られず、精神薄弱状態だったこともあり、事故と断定された。
 奈央子は、沙奈が車の運転免許を持っていなかったことを主張してあんな山奥まで自力で行けるはずがないと主張したのだが、そこは謎のまま処理されてしまった。タクシーが呼ばれた証拠もなかったのに、だ。
 沙奈には出産した痕跡が見られたのだが、産まれたはずの子供の姿がどこにもないことも問題だった。
 沙奈が妊婦健診に通っていた産婦人科や、別の産院。果ては産院に絞らず近隣の様々な病院をしらみつぶしに当たってみたけれど、沙奈が子供を産んだ形跡はひとつも見つからなかった。
 恐らくどこかで秘密裏に産んだんだろうと結論付けられたのだが、では産んだはずの赤子はどこへ行ったというのだろう?
 生まれたての新生児が一人で動けるはずもないのに、懸命の捜索にもかかわらず沙奈が産み落とした赤ん坊の行方は(よう)として知れず(じま)いだった。

『私が入院している間に、娘に近付いた人間がいるはずなんです』
 でないと、赤子が忽然と姿を消してしまったことも、沙奈が山中で発見されたことも説明がつかない。沙奈が亡くなってから二十年以上、ずっと孫の行方を探し続けてきた奈央子の言葉には妙な説得力があった。

 そんな折だったのだ。
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