組長さんと年下彼女~今日から同棲始めます~
29.細波鳴海
街へ等しく夜のとばりが降り始めた頃、京介は埠頭に並んだ倉庫のひとつへたどり着いた。
京介が、見張りの若い衆が開けてくれた重い鉄扉を抜けて薄暗い倉庫内へ入るなり、「カシラ」という聞き慣れた声が投げかけられる。
京介を呼んだ男――千崎雄二が流れるように京介へ一礼して、それに倣うようにその場へいた男たちも一斉に頭を下げた。
京介は配下のものたちに目配せすると、千崎の足元で、焼け付いたアスファルト上へいきなり投げ出されたミミズのように忙しなくもがいている細波鳴海の前へ立った。
両手両足を拘束されて地べたへ転ばされた鳴海を乱暴に引き起こすと、噛ませていた猿轡を外す。余計なものを見る必要はないため目隠しはしたままだ。
「あんたたち、どうせヤクザ者でしょう!? こんな真似をして一体どういうつもり!? あんたたちの事務所や忌々しい小娘の家へ火を付けたのは私だって白状したんだから、さっさと警察に突き出すなりなんなりすればいいじゃないの!」
手足の自由を奪われた上、何も見えないことが不安感を煽るのか、まるでそれを払拭したいみたいに唯一自由を取り戻した口をフル回転させて金切り声を上げる鳴海に、京介は吐息を落とした。
(威勢のいいこった)
聞きたいことがあったから口枷を外したものの、こんなに喧しく喚き散らされたのでは不快で仕方ない。
恐らく対角線上――かなり離れた場所に息子の鳴矢がいることには気付いていないんだろう。
こんな女だって、腐っても母親だ。もし可愛い息子が自分と同じように両手両足を拘束された上、ボコボコに殴られた状態だと知ったら今みたいに強気ではいられないだろう。
先ほどの鳴海同様猿轡を噛ませて口を封じられた鳴矢は、相当痛めつけられていることもあって、弱々しいくぐもった呻き声を上げることしか出来ない。
自分が喚くことで手一杯な鳴海には、鳴矢が発する小さな声なんて聞こえやしないんだろう。
***
現在芽生は、泊まりという形で田畑栄蔵に預けてある。
栄蔵の負い目だろう息子たちのことを持ち出した甲斐あって、最大の難所と思われた栄蔵に芽生との婚姻を承諾させることに成功した京介だったが、栄蔵は可愛い孫娘が嫁ぐとなって、いつまでも入院している時間が惜しくなったらしい。
嫁入り前の芽生に対してしてやりたいことがアレコレ浮かんでくるし、会社の今後のこともある。中村奈央子へも芽生とともに会いに行きたいから、うかうかと仮病を使っているわけにはいかないと、ガバリと布団を蹴り上げてベッドから抜け出した。
急に意欲的に動き始めた栄蔵を見て、芽生はとても心配したのだけれど、京介は逆にチャンスだと捉えた。
(芽生とのことを認めさせた今、田畑栄蔵のトコほど芽生を預けるのに適切で安全な場所はねぇ)
まずは手始めとばかり、「芽生をあんたん家へ連れて行ってやってくんねぇか? 家に行きゃあ父親の写真とかもあんだろ」と唆した。こういえば芽生も乗り気になるのは分かっていたし、なにより田畑家のセキュリティが、京介所有のマンション張りに高いことは調査済みなのだ。加えて、田畑栄蔵を守るボディガードらの存在もあるとなっては使わない手はないだろう。
(芽生を頼んだぞ、じいさん)
芽生に、今から自分がすることを見せたくなかった京介は、田畑栄蔵に可愛い芽生を託してきたのだ。
***
京介は胸元を探って煙草を取り出すと火をつけた。
「細波鳴海さんよ。威勢がいいのも結構だが、そろそろ黙っちゃくんねぇか?」
弱い犬ほどよく吠える。咥え煙草のまま、キャンキャンと金切り声を上げ続ける鳴海のあご下をすくい上げるようにして上向かせると、京介は気持ち低めた声音で呼びかけた。
京介が、見張りの若い衆が開けてくれた重い鉄扉を抜けて薄暗い倉庫内へ入るなり、「カシラ」という聞き慣れた声が投げかけられる。
京介を呼んだ男――千崎雄二が流れるように京介へ一礼して、それに倣うようにその場へいた男たちも一斉に頭を下げた。
京介は配下のものたちに目配せすると、千崎の足元で、焼け付いたアスファルト上へいきなり投げ出されたミミズのように忙しなくもがいている細波鳴海の前へ立った。
両手両足を拘束されて地べたへ転ばされた鳴海を乱暴に引き起こすと、噛ませていた猿轡を外す。余計なものを見る必要はないため目隠しはしたままだ。
「あんたたち、どうせヤクザ者でしょう!? こんな真似をして一体どういうつもり!? あんたたちの事務所や忌々しい小娘の家へ火を付けたのは私だって白状したんだから、さっさと警察に突き出すなりなんなりすればいいじゃないの!」
手足の自由を奪われた上、何も見えないことが不安感を煽るのか、まるでそれを払拭したいみたいに唯一自由を取り戻した口をフル回転させて金切り声を上げる鳴海に、京介は吐息を落とした。
(威勢のいいこった)
聞きたいことがあったから口枷を外したものの、こんなに喧しく喚き散らされたのでは不快で仕方ない。
恐らく対角線上――かなり離れた場所に息子の鳴矢がいることには気付いていないんだろう。
こんな女だって、腐っても母親だ。もし可愛い息子が自分と同じように両手両足を拘束された上、ボコボコに殴られた状態だと知ったら今みたいに強気ではいられないだろう。
先ほどの鳴海同様猿轡を噛ませて口を封じられた鳴矢は、相当痛めつけられていることもあって、弱々しいくぐもった呻き声を上げることしか出来ない。
自分が喚くことで手一杯な鳴海には、鳴矢が発する小さな声なんて聞こえやしないんだろう。
***
現在芽生は、泊まりという形で田畑栄蔵に預けてある。
栄蔵の負い目だろう息子たちのことを持ち出した甲斐あって、最大の難所と思われた栄蔵に芽生との婚姻を承諾させることに成功した京介だったが、栄蔵は可愛い孫娘が嫁ぐとなって、いつまでも入院している時間が惜しくなったらしい。
嫁入り前の芽生に対してしてやりたいことがアレコレ浮かんでくるし、会社の今後のこともある。中村奈央子へも芽生とともに会いに行きたいから、うかうかと仮病を使っているわけにはいかないと、ガバリと布団を蹴り上げてベッドから抜け出した。
急に意欲的に動き始めた栄蔵を見て、芽生はとても心配したのだけれど、京介は逆にチャンスだと捉えた。
(芽生とのことを認めさせた今、田畑栄蔵のトコほど芽生を預けるのに適切で安全な場所はねぇ)
まずは手始めとばかり、「芽生をあんたん家へ連れて行ってやってくんねぇか? 家に行きゃあ父親の写真とかもあんだろ」と唆した。こういえば芽生も乗り気になるのは分かっていたし、なにより田畑家のセキュリティが、京介所有のマンション張りに高いことは調査済みなのだ。加えて、田畑栄蔵を守るボディガードらの存在もあるとなっては使わない手はないだろう。
(芽生を頼んだぞ、じいさん)
芽生に、今から自分がすることを見せたくなかった京介は、田畑栄蔵に可愛い芽生を託してきたのだ。
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京介は胸元を探って煙草を取り出すと火をつけた。
「細波鳴海さんよ。威勢がいいのも結構だが、そろそろ黙っちゃくんねぇか?」
弱い犬ほどよく吠える。咥え煙草のまま、キャンキャンと金切り声を上げ続ける鳴海のあご下をすくい上げるようにして上向かせると、京介は気持ち低めた声音で呼びかけた。