令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~


 夜が近づく中、二人は駅に向かって歩き続けた。街灯が一つずつ点り始め、街は柔らかな光に包まれていく。ふと、侑が足を止め、芙美もまた立ち止まった。街灯の下で、互いに向き合う。二人の視線が重なり、言葉はなくても、何か深いものが伝わる瞬間だった。
「……これからも、少しずつでいいから、仲良くしてもらえますか」
 芙美の声は小さく、だが真剣だった。自分でもその言葉を口にしたことに驚きながら、彼女は侑の瞳を見つめた。そこには、期待と、ほんの少しの不安が混じっていた。
「もちろん。僕も、芙美さんのこと、もっと知りたい」
 侑の笑みが、街灯の光に柔らかく輝いた。その言葉は、まるで心の奥にそっと触れるように響いた。芙美の胸に、温かな波が広がる。この瞬間、街の雑踏や夕暮れのざわめきが、まるで遠い世界のもののように感じられた。二人の間には、静かな世界が生まれていた。
 ふと、侑の手が芙美の手にそっと触れた。ほんの一瞬の、軽い温もりだったが、それが彼女の心に確かな安心をもたらした。芙美は、侑の手の感触を、まるで宝物のように胸に刻んだ。


 家に帰った芙美は、ベランダに出て星空を見上げた。都会の光に少し霞む星々が、静かに瞬いている。彼女の心の奥には、温かな灯がともっていた。昨夜までの不安は、すっかり消え去り、代わりに静かな喜びが胸を満たしていた。
 ――この人となら、きっと素直に自分を出せる。
 その思いが、芙美の心に確かな根を下ろしていた。侑との時間は、まるで春の花がゆっくりと開くように、彼女の心に新しい色を塗り続けていた。この気持ちに名前をつけるのはまだ早いかもしれない。だが、この温もりが、彼女の日常を特別なものに変えているのは確かだった。
 同じ空の下、侑もまたホテルの部屋で、同じ星空を見上げていた。窓辺に置かれたコーヒーカップを手に、彼は芙美の笑顔を思い返していた。今日の会話、触れた手の感触、街灯の下での視線の交錯。それらが、彼の心に静かな火を灯していた。
 ――距離を越えて、確かに心が触れ合った。
 侑はスマホに映る芙美の名前を眺め、口元に自然な笑みが浮かんだ。小さな誤解を乗り越えたことで、二人の関係はこれまで以上に、静かに、しかし確実に近づいていた。この出会いが、ただの偶然を超えて、何か特別なものになりつつある――そんな確信が、彼の心に根付いていた。



< 39 / 131 >

この作品をシェア

pagetop