さくらびと。本編
蕾は、驚いて顔を上げた。
有澤先生は、静かに微笑んで、雨に濡れる中庭の桜を見つめた。
「君も、大切な人を亡くしたんだね。僕と同じように」
その言葉に、蕾の心臓が強く脈打った。
そう、有澤先生もまた、彼女と同じように、大切な人を失った経験を持っている。
二人の間には、言葉にできない、深い共感が生まれていた。
亡くなった千尋のこと、そして、有澤先生の亡き妻のこと。
互いの心の傷に触れることで、二人の距離は、急速に縮まっていった。
雨上がりの空のように、どんよりとした蕾の心に、一寸
の光が差し込んだような気がした。
有澤先生の指輪は、まだそこにあったが、今はもう、それさえも乗り越えられるような、不思議な力が蕾の中に湧き上がっていた。