双子の悪女の身代わり〜実は私が創世の聖女です〜
アリアドネは美しい王女として既に名が知れ渡っていたから、出生地の偽造はできなかった。
 
 彼女が、最初の嫁ぎ先のルドナ王国で悲惨な目に合っている情報は帝国にも入っていた。

 慈悲深い清らかな魂に与えられるという神聖力は、奇跡的なものだが力を失うのも一瞬らしい。

 絶望し、慈悲の心を忘れ、魂が汚れる度に力は弱まっていく。

 その情報は聖女を囲い込んできた帝国の皇族のみ伝えられる超機密情報だ。

 アリアドネは、失いゆく自分の力の秘密を帝国は持っている事を察していた。
 そして、ほとんど力が残ってなさそうな彼女に頼らざるを得ない状況にあるこちらの弱みを突いてきた。
 
 カリンは確実に非常に強い神聖力を持っている。
 一瞬で傷口を閉じる程の神聖力を持っていたと記されてるのは、創世の聖女くらいだ。

 アリアドネに父が言葉を発せられるくらい治癒して貰えば十分だと思っていたが、カリンなら父を全快させられるかもしれない。

 だから僕が彼女の気持ちを無視し彼女を帝国に連れていくのは、彼女を欲しくて堪らないだけだからではない。

 皇子として、帝国の利益を考えてのことだ。

「カリン、帝国で何かしたいことはないのか?」
「繊細なレースの可愛い寝巻きが買いたいです」
 頬を染めながら彼女は僕の心をナイフで刺してくる。
(セルシオ国王との夜の為だよな⋯⋯本当にあいつには死んで欲しい⋯⋯)
 
「あっ、雪ですよ! 帝国は年中温暖な気候だから、雪はあまり降らないのではないですか? 本当に美味しいですよ。私の1番の好物なんです」

 カリンは空を見上げ、口を大きく開けて雪を食べていた。
 僕はその姿が衝撃的すぎて、一瞬固まってしまった。

 雪を食べたことがなくて、彼女が美味しいというから指についた雪を食べた。
 味が全くしなくて、とても悲しい気分になった。

「カリン、孤児院で暮らしていたと聞いたが、食事は十分に出ていなかったのではないか?」
 孤児院というのは、劣悪な環境の場所もある。
 生まれた時から誰からも愛され幸せを約束されていると言われる聖女。

 彼女に相応しい場所は世界一の富と権力を持つ帝国のはずだ。
 帝国に行ったら、彼女に沢山美味しいものを食べさせたいと思った。
 
「15歳までは1日1食でしたが、ある日、ネリレンア・アイサイレという方から多額の寄付が定期的に届くようになって1日3食になりました」

 彼女の言葉に僕はカリンだけでなく、アリアドネも清らかな慈悲深い心を持った魂の持ち主として生まれた女だと思った。
(魂を汚され切ってはいなかったんだな。本当に強い女だ⋯⋯アリアドネ)

「カリン。その寄付はアリアドネからのものだ。名前を後ろから読むとレイサイアとアンレリネだ。レイサイア・シャリレーンとアンレリネ・シャリレーンは君の両親だ。2人ともずっと前に亡くなっている。そんな名前で寄付をする人間はアリアドネしかいない」

「孤児院に寄付をしてくれていたのは、アリアお姉様だったのですか? お姉様に会いたいです。彼女が何をいつも考えていたのか、今何を考えているのか知りたいです」

 カリンの目から宝石のような涙が零れ落ちる。
 その涙に触れようと手を伸ばしたが、彼女を騙している罪悪感に思わず手を引っ込めた。

 パレーシア帝国に囲われるカリンと、アリアドネが会うことはこの先ないだろう。
 カリンを愛しているのに、彼女にしていることは彼女の願いとは真逆のことだ。
 帝国の皇子なのに、僕は胸が詰まって泣きそうになった。

「そういえば、雪のお味はどうでしたか? 雪雲をお土産にしたいくらい美味しかったでしょう」

 カリンがそんな僕を心配して、無理をして笑顔を作っているのが分かった。
 そして発言がバカっぽくて本当に可愛い。
 
 カリンが現れるまで誰かを愛おしいと思ったことはない。
 自分が好きになるならば、きっと賢い女だと思っていた。
 
「さっぱりしてて美味しかったけれど、もっと美味しいものを帝国に行ったら食べような」
 
 僕はカリンとの楽しい時を過ごしながら、ふと不安に襲われた。

 帝国はその言動や振る舞い一つで人の格を判断する。

 僕にとってカリンは何をしても可愛い女神だが、帝国の他の人間も同じように感じてくれるだろうか。

 それに僕が彼女を寵愛したら、周りが必ず嫉妬する。
 すぐに彼女の食事に毒を盛るものが現れるだろう。
 彼女は人を盲目的に信じ過ぎているから、疑いなく贈り物の毒入り菓子を食べたりしそうだ。
(雪とは、実は最も安全な食材だな⋯⋯)

 四六時中彼女の側にいて守ってあげたいけれど、それは叶わない。
 僕はレイリンを頼ることにした。

「カリン、帝国には独特のルールがあるから、到着するまで少しお勉強しようか」
 僕はカリンを連れてレイリンのところにいくことにした。
 

 

 


 

 
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