サイレント&メロディアス
2曲目は俺も知っている曲だった。「ラフマニノフ」。高難度の曲だ。
さおりさんがピアノの前に座った。フルートははけていくピアニストに大切そうにあずけた。
俺はさおりさんの弾く「ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番」がとても好きだ。俺にとっては唯一無二の「ラフマニノフ」。
その曲を弾くときのさおりさんは、さながら情熱的なダンサーのようだ。なんて気持ちのこもった激しいラフマニノフか、と思う。
両手の指がはしる。鍵盤の上を。本当に人間の手の指は10本で、鍵盤の数にも限りがあるのかと思うほどに、さおりさんの弾くラフマニノフの音は厚い。重い。どんな剣も小さな傷ひとつつけられない強固な盾のよう。
(それは、
さおりさん自身が強いから)

正直、
さおりさんには俺がいなくたって良いと思う。彼女は無口だが必要なときはきちんとしゃべるし、自分の身を守るすべも持っている。収入も安定している。自分の機嫌も自分で取れる。いくらでも良い縁談があっただろう。
だが、俺がさおりさんがいなくちゃダメなんだ。さおりさんじゃなくちゃダメなんだ。こんなに魅力的な人間に会ったのははじめてだから、絶対に結婚してほしいと思った。なりふりかまっていられなかった。
(とても古くて価値がある本を開いているような音。ひとつひとつの音がていねいで物語がある)
さおりさん、
月並みな表現しかできない俺を許してください。あなたがとても好きです。大好きです。(狂おしいほど)

3曲目、
さおりさんはちょっとはけて、ハーモニカとハーモニカスタンドを持ってきた。それを自分の首にかけ、ピアノの前に座る。
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