秘書の想いは隠しきれない
「申し訳ございません。神木社長から許可が出ていませんので。セキュリティ関係もありますし、今日はお引き取り願えませんでしょうか?」

 丁重に断わっているつもりだが、彼女たちには通用しないんだろうな。
 頭を下げるが、次の手段を考えていた。

「はぁ!?パパには許可はとったって言ってるじゃん。私を誰だと思っているの?神木朝陽の婚約者よ。将来、社長の妻になる人にたかが秘書が失礼じゃない?ていうか、朝陽も秘書なんて雇ってないで、一人で仕事すればいいのにね。それこそ無駄じゃん。こんな役に立ちそうにもない女」

 少し想像はしていたけれど、千石恵梨香って本性はこんな人だったんだ。恵梨香さんのこと、何も知らなかった。
 だから昨日、社長はあんなにも嫌そうだったのかな。

「あと数週間後には、私と朝陽の正式な婚約発表をするの。あなた、聞いてないの?この会社も私のなんだから、あなたに指示を受ける必要はないから」

 そんな話、聞いていない。これは事実?今すぐ神木社長に確認をしたい。だけど今の状況じゃ無理だ。

「おい。恵梨香。話が違うじゃん。俺、なんか巻き込まれるの、嫌なんだけど」

 今まで黙っていた本並さんがソファにポスっと座り、足を組み、タバコを吸いだした。

「本並様。ここは禁煙ですので、控えてください」

 神木社長はタバコの煙が嫌いだ。匂いなんて残したくない。

「ごめん。けいちゃん!ていうか、あんた。自分の立場、考えなさいよ。この部屋から出てって。配信でバズれば、配信収入だって入るし、この会社の宣伝にもなるじゃない?お互いに良いことだと思わない?」

 二人ともソファに座っているけれど、距離が近い。
 恵梨香さんなんて、本並さんにピタッとくっついて、それに腕まで組んでるじゃない?
 本並さんはタバコをやめてくれないし……。

 落ち着かなきゃいけない状況なのに、イライラしてきちゃった。

「本並様。タバコの灰が落ちてしまいます。やめていただけませんか?」

 私の言葉にチッと舌打をしたあと、自分の持っていた携帯用灰皿で火を止めてくれた。

「マジ邪魔なんだけど。早くどっか行ってくれない?パパに言いつけるわよ。仕事のできない秘書が神木商事にいて、朝陽の邪魔になっているから解雇してくれって」

 恵梨香さんの立場からすれば、脅しではない。父親に頼めば、私なんか簡単にクビにできる。
 だけど、こんな卑怯な脅しには屈したくはない。社長が不在の間、会社は私が守るって決めたから。

「配信は許可できません。千石会長に許可を得ているのであれば、千石会長に繋げていただけませんか?私が直接確認をさせていただきます」

「はぁ?あんたバカなの?ただの秘書が私のパパと話せるわけないじゃない」

「では、許可できません。お引き取りください」

 怖くはなかった。私は間違ったことはしていない。
 もしも恵梨香さんを怒らせてしまったとしても、神木社長なら私のこと信じてくれる。きっと、大丈夫。

「面倒くせー。もうやめようぜ。恵梨香、今日のご褒美はなしだな?」

 本並さんが立ち上がる。

「ええっ!!ごめん。けいちゃん!代わりに何かするから!機嫌直して?」

 恵梨香さんは本並さんの腕をギュッと掴み、引き止める。

「じゃあ、バッグ買って。そしたらシテやるよ」

「うんっ!買ってあげるっ!今日、カード持ってきているから。欲しいもの買ってあげる!だから今日の夜、お願い!」

 ちょっと待って。この人たち、もしかして。

「千石様。神木社長は体調不良なんです。それなのに……。ご友人とはいえ、男性です。あなたこそ立場をお考えになった方が良いのでは?」

 この二人の会話からして、きっと浮気している。身体の関係だってありそうだ。
 二人の様子を見ていると、一方的に恵梨香さんの方が本並さんのことを好きになっている気がするけれど。
 さっき、婚約発表するって言っていなかった?それなのに男性と夜を一緒に過ごす?カバンを買ってあげる?

 神木社長は、毎日会社のために頑張っているのに。
 こんな人が社長の妻になる人?

「うるさいわね!あんた、百瀬って言ったわよね。明日、パパに相談して、秘書から降格させてやるから。私に失礼な態度をとったこと、後悔すればいいわ。どうせこの会社にいなくなる人間だから言うけど、私は朝陽に一ミリも恋愛感情なんてないの。ただお金のために付き合っているだけ。表向きは、仲の良い婚約者だけど、あんなつまらない男、いらないのよ。私はけいちゃんみたいに自分らしく生きている人が好きなの。決まった生き方しかできない、朝陽みたいな男、嫌い。容姿はいいけど、中身がつまらないのよ」

 私、この人が嫌いだ。

「今、なんて言いました?」

 自分でも信じられないほどの怒りの感情だ。
 制御できそうにもない。声音が私じゃないみたい。
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