silent frost
秘書課に異動した最初の数日。
緊張と新鮮さが入り混じる、妙な感覚の日々だった。

朝の廊下。
空調の音まで聞こえるほど静かで、足音を殺す人が多い。
誰もが忙しそうで、誰もが誰かに追われている。

静かな空間に、機械音がぽつり、ぽつりと響く。

「はい、こちら秘書課、四宮です。」

来訪者を取り次ぐ電話も、もう珍しくはない。

神田社長。
想像より静かで、想像よりずっと存在感がある。
歩く音はほとんどしないのに、近づくと空気が変わる。
視線を向けなくても、背筋が自然に伸びる。

覇者の漂わせる空気。
彼には、それがあった。







ふと、書類に目を落とす横顔が見える。
そのたびに、雰囲気に吞まれそうになる。




書類に目を落とす神田。
机に向かうその横顔を一瞥する。
視線がかち合う瞬間、胸が少しざわつく。
朝の光に包まれた神田は、息を呑むほど美しい。
まるで宗教画から抜け出してきたかのような、静謐で異質な存在感。

指先が書類の端を押さえる動きまで、目を離せない。
紙とペンのわずかな摩擦音が、静かな社長室にぽつんと響く。
眉間に皺を寄せるその表情も、整いすぎていて、現実味がないようにさえ思える。




横顔の輪郭、首筋のライン、僅かに揺れる髪の束。
すべてが、この静寂に溶け込みながらも、強烈に存在する。
視線を外したくても、外せない。
捕まえた一瞬が、頭から離れない。





整った外見のせいではない。何を考えているのか読み取れない、その表情のせいだ。




普段の彼は眉目秀麗で、柔らかい雰囲気を持つ。
社員にも礼儀正しく、優しい。
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