silent frost
昼過ぎ、会議室前の廊下で待機していた時。
偶然、社内の重役たちがひそひそと話す声が耳に届いた。




内容までははっきりしない。ただ、言葉の端に引っかかるものがあった。「売上」や「新規事業」といった普通の単語ではない。




もっと、別の
“何か”を隠すためのような会話






自分の中の第六感が、聞いてはいけない そう警鐘を鳴らす




私はその場をそっと離れ、手帳を胸に抱え直す。
この会社に入って長いが、知らないことはまだ多い。表向きは平凡な商社でも、裏で何が動いているかは分からない。ただの雇われの身には知る術も、義理も、道理もないから。





夕方、業務が落ち着き始めた頃。
社長室の灯りがまだ消えていないことに気づき、資料を届けに向かった。





扉の前に立った瞬間、
中から低く押し殺した声が聞こえた。




「………の通りにするんだ。いいね」




神田の声が鼓膜を震わせる
だがソレはいつもの柔らかい調子ではない。




短く、冷たく、静かに命令を下すような口調。





まるで別人のようだった。




あの飄々とした男が、こんな声色を持っていたとは驚いた。足に鉛をつけたかのような威圧、それが扉越しに伝わってくる。




私は呼吸をそっと整え、気さくな声に戻るタイミングを待つ。





数秒後、室内が静かになった。





恐る恐るノックすると、開かれた扉の向こうで神田は、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。やはりこの男は只者では無い。




「失礼します。明日の取引先についての資料をお持ち致しました。」




「君の仕事はいつも早くて助かるよ」



「社長を支えるのが私達の務めですから」







たった今まで聞こえていた冷たい声とは、到底結びつかない。完璧に切り替わった表情に、私は唾液を飲みこむ。ほんの一瞬、こちらを見つめる神田の瞳の奥に 先ほどの鋭利さがまだ薄く残っている。







この会社は、やはりマトモじゃない。





そしてこの男も――
表向きの姿だけで判断してはいけない。





26年間の短い人生経験がそう警鐘を鳴らす


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