また逢いましょう
プロローグ
ここは、この世界のどこかにある、地平線ま続く広大な草原。この草原には数多くの精霊たちが住んでいる。
そしてその中央には、この世でこれよりも大きな木があるのなら是非お目にかかりたいと思うほどの大きな大きな木、霊樹が、そびえ立つかのごとく佇んでいる。霊樹は精霊たちの憩いの場とされていて、その下には友達や恋人が三々五々、立ったり座ったりしている。
しかしそれをようく見てみれば、ひとりの少年の姿が見えてくる。
少年は、自分の横幅の何百倍もある太さの幹に寄りかかり、優雅に読書をしている。木の影が落ちて読みづらい文字を、にらめっこをするようにゆっくりと一つひとつ読み解いていく。がやがやと話声や物音で溢れかえるこの草原の中で、彼だけがただ静かに時を過ごしていた。
ふわり、風がちょっかいをかけるように少年の頬をかすめる。髪が揺られ、彼の口に入るなり目にかぶさるなりすると、少年は少し苛立ちを見せながら、それを黙って直した。
彼の周りだけが世界からくり抜かれたようだった。
「やっほー、ベイビー! あれ、また同じの読んでる! 新しいのを買ってあげようか?」
少し離れたところから、明るい声が聞こえてくる。そしてそれは俺に対するものだ。ああ、誤解のないように言っておく、俺は断じてベイビーなんて名前ではない、名は若菜だ、あれは愛称だ。
声がした後に少しして、四人の男たちがやってきて俺を囲んだ。俺はしかめっ面をして、わずかに視線を上げる。すると、プタハたちの純粋な笑顔がにゅっと視界に入ってくる。
「今度は何がいい? 具体的に欲しいものがなければ、ジャンルからパピルスたちのおすすめを聞くよ。」
そう言って、プタハは俺と視線を合わせるために、しゃがみ込んで話しかけてきた。だが、「いらん」。俺はそう一蹴し、また本の文字に目を落とす。暗くて読みづらかったのが、より一層暗くなって見えやしない。俺は少し不機嫌になって、プタハたちを片手でひらひらし、帰らせようとした。
しかし、一人として退かない。俺は流石に頭にきて、ちょっとばかし怒鳴ってやろうかと、眉間のシワを深くして顔を上げる。
すると、僕の目に飛び込んできたのは、気味悪いくらいニマニマ笑っている四人組だった。
俺は訳が分からず「は?」としていると、プタハたちはわくわくと尋ねた。
「じゃあベイビー、そろそろ人界に行って、自分で選んでみるのはいかが?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は息をのんだ。メッキのようなしかめっ面もどこかへ飛んでいき、気が付けば瞳をきらきらさせて頷いていた。
「行く! 行っていいんか? 俺まだ二千年しか経ってねえぞ。」
乗り出すようにして四人に尋ね返すと、みんな深く頷き、まるでわが身のことかの如く喜んでいた。俺は少し照れくさくなって、黙ってうつむいた。
「ベイビーもとうとう人界デビューかぁ。」
転移陣にプタハたちと並んで入ると、ナタが感慨深そうにそう言った。それに続いてネフェルトゥムもうんうんと頷き、ヘラクレスはただにっこり微笑みかけてきた。すると見送りに来てくれたみんなも同様に頷き、ベイビーがベイビーも、と言い合う。
末っ子だから気にかけられているのはわかるが、ここまで来るとむしろ嫌になってくるぐらいだ。
「さっさとしろ」
げっそりして俺が言うと、またなんだか温かい視線を感じた後、プタハが転移を行ってくれた。その瞬間、一斉にわあっと声が上がる。それは、行ってらっしゃい、気を付けて、楽しめよ、と温かい言葉に溢れていた。
そのとき、ああ、二千年は短かったな、と思った。
みんなが笑って見送ってくれた。きっと、この草原から、笑顔が絶えることはないのだろう。
そしてその中央には、この世でこれよりも大きな木があるのなら是非お目にかかりたいと思うほどの大きな大きな木、霊樹が、そびえ立つかのごとく佇んでいる。霊樹は精霊たちの憩いの場とされていて、その下には友達や恋人が三々五々、立ったり座ったりしている。
しかしそれをようく見てみれば、ひとりの少年の姿が見えてくる。
少年は、自分の横幅の何百倍もある太さの幹に寄りかかり、優雅に読書をしている。木の影が落ちて読みづらい文字を、にらめっこをするようにゆっくりと一つひとつ読み解いていく。がやがやと話声や物音で溢れかえるこの草原の中で、彼だけがただ静かに時を過ごしていた。
ふわり、風がちょっかいをかけるように少年の頬をかすめる。髪が揺られ、彼の口に入るなり目にかぶさるなりすると、少年は少し苛立ちを見せながら、それを黙って直した。
彼の周りだけが世界からくり抜かれたようだった。
「やっほー、ベイビー! あれ、また同じの読んでる! 新しいのを買ってあげようか?」
少し離れたところから、明るい声が聞こえてくる。そしてそれは俺に対するものだ。ああ、誤解のないように言っておく、俺は断じてベイビーなんて名前ではない、名は若菜だ、あれは愛称だ。
声がした後に少しして、四人の男たちがやってきて俺を囲んだ。俺はしかめっ面をして、わずかに視線を上げる。すると、プタハたちの純粋な笑顔がにゅっと視界に入ってくる。
「今度は何がいい? 具体的に欲しいものがなければ、ジャンルからパピルスたちのおすすめを聞くよ。」
そう言って、プタハは俺と視線を合わせるために、しゃがみ込んで話しかけてきた。だが、「いらん」。俺はそう一蹴し、また本の文字に目を落とす。暗くて読みづらかったのが、より一層暗くなって見えやしない。俺は少し不機嫌になって、プタハたちを片手でひらひらし、帰らせようとした。
しかし、一人として退かない。俺は流石に頭にきて、ちょっとばかし怒鳴ってやろうかと、眉間のシワを深くして顔を上げる。
すると、僕の目に飛び込んできたのは、気味悪いくらいニマニマ笑っている四人組だった。
俺は訳が分からず「は?」としていると、プタハたちはわくわくと尋ねた。
「じゃあベイビー、そろそろ人界に行って、自分で選んでみるのはいかが?」
その言葉を聞いた瞬間、俺は息をのんだ。メッキのようなしかめっ面もどこかへ飛んでいき、気が付けば瞳をきらきらさせて頷いていた。
「行く! 行っていいんか? 俺まだ二千年しか経ってねえぞ。」
乗り出すようにして四人に尋ね返すと、みんな深く頷き、まるでわが身のことかの如く喜んでいた。俺は少し照れくさくなって、黙ってうつむいた。
「ベイビーもとうとう人界デビューかぁ。」
転移陣にプタハたちと並んで入ると、ナタが感慨深そうにそう言った。それに続いてネフェルトゥムもうんうんと頷き、ヘラクレスはただにっこり微笑みかけてきた。すると見送りに来てくれたみんなも同様に頷き、ベイビーがベイビーも、と言い合う。
末っ子だから気にかけられているのはわかるが、ここまで来るとむしろ嫌になってくるぐらいだ。
「さっさとしろ」
げっそりして俺が言うと、またなんだか温かい視線を感じた後、プタハが転移を行ってくれた。その瞬間、一斉にわあっと声が上がる。それは、行ってらっしゃい、気を付けて、楽しめよ、と温かい言葉に溢れていた。
そのとき、ああ、二千年は短かったな、と思った。
みんなが笑って見送ってくれた。きっと、この草原から、笑顔が絶えることはないのだろう。
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