幕末を生きる

第二章 雲隠れ

第二章 雲隠れ

重助が消えた。

金貸しに百両を借りてから、もう十日が経とうとしていた。あれから彼は一度たりとも姿を見せることが無く、それと同時に私が預けた百両も行方知れずとなってしまったのである。

「どうしよう、どうしよう、どうしよう!」

ハルは混乱していた。もちろん、重助に裏切られたこともそうだが、まず何よりは金であった。せっかく借りた百両が無いとなれば、金貸しとなるのも難しい。それならと、土地をもう一度売ろうとも考えたが、そんな勝手な事を二度も母を差し置いて出来る訳がなかった。

重助を探そう。

そう思い立ったが吉。ハルはまず、サヨの所へ走った。

「重助さんなら、私も探していたのよ。でも、なに?貴方の方が彼の事を知ってるんだと思ってたのに」

サヨは少し嫌味な言い方をした。それも当然だ、彼女は重助に思いを寄せていたのだから。あの日、二人で居るところを見られてから、彼女の傷はまだ癒えていなかったのだ。しかし、そんな場合では無い。

「重助が居そうな場所も分からない?」
「分かるわ。ひとつお願いごとを聞いてくれるなら教えてあげる」

サヨはハルを睨んでねちっこく言った。

「なに?」
「重助さんとの用が済んだら、彼とはもう関わらないでちょうだい」
「そんなの、願ったり叶ったりだわ!」

ヤケクソになって言えば、サヨはギョッとしてハルを見た。もう重助とは関わりたくない。重助がこんなに不義理だとは思わなかったというのがハルの本音だった。

「で、どこなの?」
「三条の橋を渡った向こう、河原町に入って右手の三件目の屋敷に彼は居るはずよ」
「サヨさん、それって─────────」

三条の橋を渡り、河原町に入る。通りには軒を連ねる町屋が続いていた。桶屋の前では職人が木を削り、向かいでは女房が洗濯物を干している。その先に見えた高い土塀だけが、周囲とは異なる威圧感を放っていた。

「ここに、重助が……」

ここに務めているのなら、金には困らないはず。どうして重助は私の百両を盗んでしまったんだろうか、思考は巡るが答えは出ない。

「そんなところで何をしてるんですか?」

背後から掛かった声に背筋がビクッと震えた。後ろに人がいる気配なんてしなかったのに。その人はいつの間にか背後に居た。一番初めに目に付いたのは、浅葱色(あさぎいろ)。次に目に付いたのは彼のその綺麗な顔立ちであった。ハルは思わず後ずさる。

「今どき、長州藩邸を眺めたって良い事ありませんよ?」

怯えながらも、その綺麗な顔から目が離せないでいると、浅葱色の彼は私の両肩を優しく掴んでにこりと笑った。

「ほら、こうして私に捕まってしまった」
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