籠の中のプリンセス ~呪われた指輪と麗しの薬師~
序章





花独特の、甘い香りが幻想のように漂う空間。



薔薇やガーネット、スイートピーといった色とりどりの花が綻ぶ宮廷の庭に、幼い少女が一人佇んでいた。


コレンタ王国の城の最奥に造られた広い広い庭園。

少女はコレンタの王女ティアナであり、この庭園は彼女のためのものであった。


楽園のようなこの空間では、色鮮やかな蝶が花と戯れ、どこからか迷い込んだ小鳥は歓喜の囀りを響かせるのに、
ティアナだけがただ一人、暗い表情を浮かべて景色に溶け込めないでいた。


ティアナは庭の中央にある大きな噴水の前で、水面に映る自分の姿を見つめていた。

燃え盛る炎のような赤い色をした髪と、虚ろな青の瞳が、水の中でゆらゆらと揺らめいている。



そっと水の中に手を伸ばす。



その小さな指先が冷たい水に触れるか触れないかのところで、背後で枝を踏むような音がした。

はっとして手をひっこめて振り返った先には、水色のドレスに身を包んだ、黒い髪をした若い女性の姿があった。


「こんにちは。何をしてるの?」


女性は優しく微笑み、ティアナの方へ近づいてきた。


ティアナは女性を茫然と眺めて、不思議そうに首を傾げる。


「お姉さん、どうやってここに来たの?」


ここは秘密の庭で、限られた極わずかな者しか入ることができない。

ティアナは時々訪れる国王や王妃、それから乳母としか口を聞いたことがないし、庭の手入れにやって来る庭師とは目もあわせない。

それが王女の嗜みだと躾けられたからだ。


許可された者以外が入ってこられないよう、庭の入口となる薔薇のアーチの前には番兵だっているはずだ。

それなのに、この見知らぬ女性は何食わぬ顔でここにいる。


(もしかして、わたしを攫いに来たの?)


ようやくそこまで考えがまわって一歩後ずさると、それを見たエリアルは上品に口に手を添えて、くすっと笑った。


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