檻の中
無邪気な少年



「ん……」


 ぼやけた視界が次第にハッキリしていき、白い天井が広がっていた。


 夢……?


 蛇女と化したリンも、裕太の姿もなかった。


 安堵のため息をつきながら、ベッドから起き上がる。


 微かに薬品の匂いがするここは、どうやら学校の保健室のようだ。


 ドアを開けると、静まり返った廊下に出た。


 学校なのに、ひっそりとした雰囲気は廃墟に近い。


 教室に戻ろうと階段を上がった瞬間、足音が聞こえてきた。



「あっ、先生……」


 白川がプリントの束を小脇に抱えて、階段を下りてくる。



「ジュリエットさん、もう具合は良いのですか?」


「は、はぁ。まぁ……」


 曖昧に頷くわたしを見て、白川はプリントを差し出した。



「これは、今日の課題です。明日提出してもらいますので、おうちでやって来て下さい」


「……うち?」


 うちなんか、ない──そう言いかけてハッと口をつぐむ。


 白川の目が笑っていなかったから。


 わたしをじっと見つめるその目には、言い知れない邪悪の色が宿っていた。


 例えるなら、悪魔が天使のふりをしているような……。


 白川は教師でありながら、人の道に外れた闇の世界で生きている。



「どうかしましたか? ジュリエットさん」


 そう言って、一歩間合いを詰めてくる。
 

 よく見ると瞳孔が開いていた。


 わたしはゾクッと背筋を震わせ、ぎこちない笑みを顔に貼りつけたまま後ずさった。



「な、何でもないです。失礼します!」


 わたしは頭を下げて、階段を駆け下りた。


 逃げるようにスクールを後にし、タウンを突っ切って自分専用の出入り口に辿り着く。


 カードキーを使って扉を開くと、地下道特有の冷気が流れ込んできた。


 わたしは突然、虚脱感を覚えた。


 逃げても逃げても、逃げ切れない……。


 ここにいる限り、檻の中と変わらないのだ。






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