春に想われ 秋を愛した夏


「驚いた。どうしたの?」

小走りに近づくと、春斗は右手を上げて笑顔を見せる。

さっきは離れた場所から見た姿が似ていてどきりとしたけれど、近づいてみると醸し出す空気は全然違う。
秋斗のように尖った感じが少しもない春斗からは、丸みのある柔らかな雰囲気が漂ってきた。

「うん、ちょっとこっちに来る用事があってね。せっかくだから香夏子とご飯もいいかなって」

私は、椅子から立ち上がり歩き出す春斗の隣に並んだ。

ビルから出ると、一気に暑さがまとわりついてきて、瞬時に毛穴から汗が吹き出そうになった。
そんな暑さから逃れるように、すぐそばの大通りでタクシーを止めて春斗と乗り込んだ。

「体調は、どう?」
「うん。もう大丈夫。ご心配おかけしました」

改まって頭を下げると、隣で笑っている。

「野上さん、寂しがってるよ」
「あ、やっぱり。そろそろ顔を出そうかなっとは、思ってたんだけどね」

「僕も」
「え? 春斗も行ってないの?」

「実は、僕もこの時期は夏期講習が詰まってて忙しくてね」
「夏期講習かぁ。そりゃ大変だ。今日は大丈夫なの?」

「うん。大丈夫」

そういえば今日の春斗、近くで見ると少し疲れたような顔をしているかもしれない。
目の下も、よく見るとクマができている。

「春斗こそ。体調は、大丈夫?」

目の下のクマを指し示すと、平気、平気。と笑顔を見せる。

「塾の仕事って、大変なんだね」
「そこそこね。でも、今日香夏子に会えたから、元気がでた」
「えぇー、なにそれ。私、栄養剤?」

笑っていると、栄養剤より効き目がいいよ。なんて春斗も笑っている。

そんな風に言ってくれる春斗だけれど。
私も春斗といると、自然と気持ちが凪いで穏やかになっていた。
春斗の優しさが私にも伝わって、自然と肩の力が抜けて行く感じがするんだ。

秋斗とのことで受けた胸の苦しさを帳消しにしてくれるくらい、春斗のほうがずっと栄養剤みたいだよ。



< 103 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop